価値創造の知・第14夜 社長直訴そしてヒット商品緊急プロジェクトへ

2016年12月24日 ポリシーとスタイル

 35歳、前職のパイオニア社で、1990年に目黒本社に異動になりました。その翌年の1991年、日本のバブルがはじけました。ホームオーディオは急激な下降曲線を描きましたが、真の理由は、もうオーディオ事業そのものがピークを過ぎて衰退期に入り、業界全体が東南アジアで安く製造して輸入するビジネスモデルが本格化していました。そして赤字に突入していきました。

それは、これまで(12/19、12/20、12/15、12/10)ここに記してきたイノベーション曲線2005年の衰退への道です。

当時、自分はカーオーディオ事業部の一介の課長でしたが、「全社オーディオ活性化委員会」の委員として呼ばれ、ホームオーディオ衰退の構造説明と次の一手を提案しました。しかし、当該事業部からは受け入れて貰えませんでした。

それから一年かけて構想をブラシアップしました。上司を全部飛び越えて、当時の会長、社長にその構想を提案しましたが撃沈しました。もう諦めかけていたのですが、総務部から専務が新社長になるという情報があり早速アポを取りました。
 もう背水の陣で、自分の尊敬するパイオニアOBの大先輩にも同席いただき提案致しました。新社長はそれを前向きにとらえてくれました。結果、全社再建13プロジェクトの一つに推薦いただきました。

「ヒット商品緊急開発プロジェクト」として命名して、そのプロジェクトリーダーとなりました。1994年39歳の時です。

それから、経営会議でプロジェクトの「①ポリシー、②スタイル、③プラニング」をプレゼンテーションすることになります。 その経営会議の前に、新社長に「自分はこのプロジェクトが失敗したら会社を辞めます」と本気の覚悟を伝えました。
経営会議後に新社長から呼ばれ「辞めなくていい。その代わり、入口(プラン)から出口(販売)まで責任を持て。そして思い切ってやれ」と言われました。
 プロジェクトの立ち上げ時は、自分含めて3名(総務・企画)だけでした。新社長に「責任をとるために、社内から選りすぐりメンバーを一本釣りしたい」とお願いに行き了承いただきました。それから人買いを始めるのですがこれはこれで大変でした。その凄まじい話はさておいて、「マーケ・販売」の逸材を説得に、とある営業所に行きました。
彼は自分と同期なのですが、「提案内容は了解した。ただし、今まで筋のいい提案が経営に上がるときに、そこで口出しされて、捻じ曲げられたことで何度も失敗している。
一気通貫で自分たちの想いが入口から出口までできるのなら引き受ける」と。
 この一気通貫が、私達の重要な「スタイル」の一つになりました。
 さて、ここではその時に提案した「ポリシー」をお伝えします。
弁証法から導いた次の本流は12月19日に載せましたが、下図に示すように、心理時代と工業時代が融合した世界を創出するのがプロジェクトの「ポリシー」です。そこに、思想・夢・新文化を込めました。
ポイントは「モノではなくコト」「技術の商品化ではなくて、欲求の商品化」「社内単独型ではなく、社外ネットワーク型」です。今から22年前の話です。現在では当たり前ですがこのような取組みは当時珍しかったのです。
ポリシーが、会社再建のための「ヒット商品緊急開発プロジェクト」の分母であり下半身です。何がポリシーなのか、その考え方を関係者に明示することはとても重要です。それがないまま進めるプロジェクトがいっぱい沈んでいくのを見てきました。
 さてさて、そのポリシー(考え方)を表現するのが分子である「スタイル(流儀)」です。ポリシーとスタイルはコインの裏表です。
異業種コラボレーションがその一つでした。100社くらいの異業種の方達とお会いしました。
「音とウィスキー(味覚)」「音とファッション(視覚)」「音とインテリア(視覚)」「音とお風呂(触覚)」って相性がいいですよね。「GIVE & GIVE」の精神で、「共感と信頼」のスタイルで、連続ヒット商品が生まれました。
現在は異業種コラボレーションのニュースが飛び交っていますが、当時は「未来のあたりまえ」を実践していました。
 さてその延長上で、1998年に私達ヒット商品プロジェクトが「Will(異業種合同プロジェクト)」に呼ばれました。「Willブランド」を覚えていますか?
 1999年から2004年にかけて行われた日本の異業種による合同プロジェクト名です。商品の全てが「WiLL」のブランド名とオレンジ色のロゴで統一されていたものです。
ここでは、当初参加する各5社全てのコラボレーション企画を用意して臨みました。
「せっかく6社が集まっているので、異業種による日本の新しい文化を創りませんか?、異業種コラボレーションのメッカにしませんか?」という提案をしました。そのような考え方が中心ではなかったことも含めて、残念ながら辞退しました。
 セミナーやコンサルでは、異業種コラボレーションの極意をお伝えしています。
基本は「共通項」と「新しい命・物語」を創ることです。そんな大それたことではありません。誰にでもできます。どこかでエッセンスをご紹介します。
さてさて、いつか「ニッポンの異業種連合による新しい文化創造」がプロデュースされることがあるといいですね。その文化創造が経済をひきつれてきます。
 もしもそのようなプロデュースがあれば馳せ参じたいと思います。笑
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