橋本元司の「価値創造の知・第211夜」:「落合陽一: 人工知能の本質(/最適化・統計・創発)」⑦

2019年2月23日 「どうやって我々は本当の意味で、『近代』を脱していくか」

落合さんに最初にお会いしたのは、2017年5月でした。その時は、「Computational Diversity(計算機的多様性)」を語られてしました。
そして、前夜(第210夜)にご紹介した『日本再興戦略』(落合陽一著)の第3章に「人工知能と呼ばれているものの本質」があります。
本夜・次夜は、この「人工知能の本質」と「Computational Diversity(計算機的多様性)」の二つを絡めながら、「価値創造の知」につながる内容を綴っていこうと想います。

それでは「「人工知能と呼ばれているものの本質」を本文から加筆引用します。
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—これまでのインターネットは統一された「マス」だったのですが、今後、インターネットは個人化していきます。
その個別最適化のための関数の名称が、総じて「人工知能と呼ばれているもの」である、というのが僕の現状把握です。

「オープンソース」と「パーソナライゼーション技術」によって、我々一人ひとりの能力はインターネットという環境知能によって向上し、例えば一人ひとりが旧来のウェブサービスに匹敵するサービスをつくることも可能になっていくはずです。
そういった意味で、次のキーワードは、

「どうやって我々は本当の意味で、『近代』を脱していくか」

ということだと思います。それは人が働くことによってもたらされるボトルネックを解放していくことです。

みなさんは、「今は現代であって、近代でなないだろう」と言うかもしれませんが、法律の仕組みや教育プロセスなど、今の社会の統治法を決める仕組みは、過去150年間くらい変わっていません。
現代とは、マスが拡大しすぎて、人間の想像の限界を超えてしまった制御しづらい近代のことだと思っています。

これが現代化するには、「人間の再定義」(人間:生物学的な人間と機能的な人間・認知的計算機としての人間と社会的な人間を合わせた言葉として使用)と「コンピュテーショナルな考え方」が必要なのです。

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みなさんは、上記の「人工知能の本質」について、どのように感じられたのでしょうか?

昨年3月に、この「価値創造の知」連載の第124夜に、“『価値創造とイノベーションのあいだ』⑪「次元」の変化に適応する”を綴りました。
下に、その一部を抜粋しますが、その内容と上記を交差させることで共通点がみつかり、化合物ができるのではないでしょうか。

第124夜:世の中の「次元が変わる」から経営危機が訪れる(新価値創造研究所)
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—世の中の「次元が変わる」から経営危機が訪れるのです。

少しおさらいしてみましょう。
1880-90年代に栄えてきた企業が21世紀に入ってのきなみ凋落している姿は枚挙にいとまがありません。地方も銀行も同様ですね。
2000年の前と後では、経営環境が大きく変わり、思いもよらぬ競合相手も出てきました。それはリーマンショックの前からです。

市場や業界の境界が消滅しました。
本質は、「第115夜:インターネット的」に綴りました。「インターネット的」という3つの軸(リンク、シェア、フラット)が「世界と世間」(第80夜)を変えてゆきました。
さらに、『脳業』(第109夜)にシフトしています。その「世界と世間」が変わっているのに、それを用意しない、適応していない企業/地域が多くあるということです。

—前職の業界で言えば、もう従来の「製造業」のままでは隆々とした将来を描くのは難しい時代になっていました。
そしてそれは、多くの業界に及んでいます。

はっきりと『次元』が変わっていることを認識することです。

質的変化、次元変化が起きた時に、迅速にそれを察知して、それを乗り超える「WillとSkill」(第52夜、第63夜)を持って、企業革新していくことが『持続性』の条件です。
持続性には、「新顧客価値の創造」「イノベーション」「企業革新」が企業の能力として求められるのです。—

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「人工知能の本質」が次元が変わることの大きな原因の一つなのです。
トップとメンバーに求められるのは、「次元の変化」を内包した第122夜「想像力⇒創造力⇒構想力」です。

第93夜では、
・モノづくり⇒コトづくり⇒つながりづくり
・ハードウェア⇒ソフトウェア⇒ハートウェア
第109夜では、
・農業⇒工業⇒情業⇒脳業
・AIoT、Industory4.0
を図解等でご案内してきました。(第124夜)

さて、そのような時代のキーワードは何でしょうか?
それを、落合陽一さんは、「Computational Diversity(計算機的多様性)」と語っていました。

次夜は、「Computational Diversity(計算機的多様性)」と「価値創造」の関係を綴っていく予定です。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
落合陽一99

橋本元司の「価値創造の知・第210夜」:「落合陽一: 日本再興戦略」⑥

2019年2月22日 「始まったばかり」

先月1月25日の落合陽一さんの『質量への憧憬』オープニングレセプションを拝見してから、そこにある風景から感じられるイメージを第205~209夜に綴ってきました。
それは、「デジタル側から見える質量への憧憬(ノスタルジア)」と「日本の方法」です。

そこには、
①「ワビサビ」
②「負の想像力」
③「余白の美意識」
④「農業→工業→脳業」
⑤「オモテナシトピア」
という「日本の方法」が明滅しています。

「デジタル」を「1・0」の世界で観るのではなくて、「心」や「想像」「創造」「日本の方法」というフィルターを通すことで、新しい世界を拓けるのではないかと確信しました。
本夜は、オープニングレセプションで感じたことと、『日本再興戦略』(落合陽一著)を結合するとどのような世界と世間が観えてくるのか、ということから綴っていこうと想います。

本文「はじめに」に、格別の問題意識と想いが凝縮されていますので、その一部を引用します。
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—このまま高度経済成長モデルに拘泥し、「欧米」という幻想を追い続けていては、日本は再興できません。
しかし、意識改革を行い、正しい戦略に則って動けば、日本を再興することは難しくありません。
我々はいつの時代もそれを行ってきたのです。明治にも昭和にも。そして、平成の次の元号の変化にも合わせてやりきらないといけないことでしょう。

僕の座右の名は
「変わり続けることを変えず、作り続けることをやめない」
ですが、最近気に入っているフレーズがあります。
「指数関数的成長にとって、全ての点は、いつでも始まったばかりだ」

人口減少は人類史上稀有な大チャンスです。テクノロジーを活用し、西洋的人間観を更新し、我々が刷り込まれた知識をポジティブに更新し、みなで更新していけば、日本の未来はきっと明るく、そして特筆的なグランドデザインとなるでしょう。
東洋の自然観はデジタル時代に新たな自然を構築するはずです。

我々の世代の次の一手で、日本のこの長きにわたる停滞は終わり、戦況は好転する。僕はそう確信しています。
バックグラウンドとビジョンを拡張し、世界に貢献する。
日本にとって、そして世界にとって、今ここが「始まったばかり」なのです。 落合陽一

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上記のエッセンスをまとめると、、
・工業時代の高度成長経済モデルから脱皮すること。(第111夜、第146夜)
・人口減少は人類史上稀有な大チャンスであること。(第42夜、第99夜、第146夜)
・東洋の自然観はデジタル時代に新たな自然を構築すること。(第180~188夜、第177~179夜)
・バックグラウンドとビジョンを拡張し、世界に貢献すること。(第57夜、第77夜、第147夜)

それらは、この「価値創造の知」連載で綴ってきたことと交差し、重複します。
(関係のコラムをアップしました)

さて、本分「はじめに」を読んだだけで、この本の『別格』がわかりますね。
是非、「日本再興」「価値創造の知」に関心のある、志のある方達がご覧ください。
それが、「始まり」です。

次夜も「日本の変革・再興」のために、「日本再興戦略」を取り上げます。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
枯山水00

橋本元司の「価値創造の知・第209夜」:「落合陽一: オモテナシトピア」⑤

2019年2月21日 超AI時代のトピア

前夜(第208夜)は、AIの進化に伴う「農業→工業→脳業」という時代の変化を綴りました。
「脳業」の次は何か、ということはどこかの夜に綴ろうと想いますが、そのような本気の「仮説」を持つことで、下記の『脳業』の意味が観えてきたりします。

さて本夜は、「超AI時代の生存戦略」(落合陽一著)のエピローグに記されているAIという『テクノフォビア』からの『ユートピア&ディストピア』をキーワードにして『オモテナシトピア』(橋本元司の造語)という世界をご案内しようと思います。
(『テクノフォビア[technophobia]』とは、【心】科学技術恐怖症.テクノ恐怖症.コンピューターの操作やメカニズムに慣れないため,心身が拒絶反応を起こすもの:現代人のカタカナ語辞典引用)

産業革命以降、それまでの自分たちの職業・仕事が「機械」に取って代わられることで歴史的に大きな反発がありました。日本でも第一次産業の農業等中心だっだ地方の次男坊、三男坊が都会に移動しました。自分の父親もそうでした。ある意味、集まった都会に受け皿の仕事があることで高度成長にも繋がりましたね。とてもラッキーなことでした。

さて、農業から工業に転換した時と、似たような同じような変化が今起こりつつあります。
それは、単純労働やホワイトカラーの仕事が、AIをまとった「ロボット」や「ソフトウェア」で代替される時代が到来しているのです。製造業も新サービス産業に変わっていきます(第77夜)。自動車産業もそこに向かっています。
問題は、
・それが従来の「機械(マシーン)」の様に「実体」がみえない、インビジブルなこと。
・物質から実質(バーチャル)へ、キュービタルへ
・シンギュラリティ:“人工知能(AI)が人間の能力を超える時点”を意味する言葉
・等々

つまり、第109夜に綴った『3Cの時代』
①C: Computer=脳(AI)
②C: Communication=神経系(IoT)
③C:Control=手足等(Industry)

の①C: Computer=脳(AI)に肉薄してきたからです。
それまでは、③C:Control=手足等(Industry)という工業時代だったのです。

上記①②③が出揃い、AIを纏ってくるのが、『脳業』環境という生態系(エコシステム)です。

自分もそうですが、皆さんの中にも「ターミネーター」「トータルリコール」「マイノリティリポート」等の映画で近未来を脳にインプットされて一種の恐怖を感じている方達も多いと思います。
「超AI時代の生存戦略」から加筆引用します。
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「ああ、やっぱりテクノロジーに適応した人類は今より悪くなっている」
と言いたい気持ち、そういった感情をなぞることで頭の中だけテクノフォビアになる。
(原爆や化学兵器でも痛い目をみましたね)

—ケヴィン・ケリー氏の著作である『インターネットの次にくるもの』の中で、ケリー氏はユートピアとディストピアとは違った未来に「プロトピア」という名前を付けている。
(ギリシア語の ou (否定詞) と topos (場所) に由来し,どこにも存在しない場所,転じて,理想的社会,空想的社会の意。「無何有郷」などと訳される。ディストピアとは、「ユートピア(理想郷)」とは逆の社会である。反理想郷。暗黒世界)
人間が目指すところは、ユートピアでもディストピアでもなく、あるいは現状維持でもなく、「プロトピア」だと思う。

プロトピアとは、ほんのわずかであっても、昨日よりも今日よりもよい状態である。プロトピアを視覚化することはきわめて困難だ。なぜならば、プロトピアは新しい利益と同数の新しい問題を含んでいる。このような有用と崩壊との複雑な相互作用を予測することは非常に難しい。
プロトピアは、技術革新を繰り返す流動性によって徐々に良くなっていく世界観であり、自己組織化した画一的でない「まともなディストピア」の姿でもある。—
—今起こりつつある変化、真実ではなく意見の時代、これを一言で表すなら「人類の適応」と言えるだろう。
この変化をフラットに受け入れられるかどうかが、「ポスト真実(Post-Truth)客観的な事実や真実が政治的な選択において重要視されないという意味)」後の踏み絵になっている。この踏み絵はこの世界のいたるところで起こっていて、これを受け入れられない人々は発達したテクノロジーから感じる漠然とした異物感を
「それによってコミュニケーションの問題が生じているとくくりつける。
しかし私たちはもはやこの変化に適応して生きていくしかないのだ。あるべきだった世界は存在せず、皆が見た正義も存在しない。真実と虚構のバランスは等しくなった。いや虚構のほうが強いかもしれない。—
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それは、「技術」だけではなく、「政治」「経済・金融」等、さまざまな「トピア」(場所)に問題を起こしています。
それには、「物質」と「実質(バーチャル)」の間にある『本質』を共有することが肝要だと洞察します。
それには、人々の『心』が鍵(キー)になるのではないでしょうか。

大胆に云えば、それは主客一体の『おもてなし』(第2夜、第93夜)

「おもてなし」とは、下記の三位一体です。
①しつらい=ハードウェア
②ふるまい=ソフトウェア(メニュー・プログラム等)
③心づかい=ハートウェア(ヒューマンウェア)

「おもてなし」の代表格のお茶事の世界には「リアルとバーチャル」が融合していますね。
『趣向』を何にするのか、どこに向かうのかが問われます。
「AIの趣向」、方向づけが重要です。

さて第9夜に、「三つのエコロジー」(フェリックス・ガタリ著)を綴りました。
「人間は下記3つの世界(エコゾフィー)の中に生きている。
①地球環境   :物の公害
②人間社会環境 :社会の公害(テロ、離婚等)
③心の環境    :ストレス
これを別々に切り離すのではなく、三位一体で直視して展開すること」

「AI・AIoT」と「三つのエコロジー」は、切り離せない将来のテーマです。
この二つを融合することで、新しい価値や世界が見えてきます。。

『心(心のエコロジー)』を鍵にして、『おもてなし』を鍵穴にするのが「思考の補助線」「解決の型」になるように想います。
その解決のトピア(場所)が、「ユートピアとディストピア」の間にある『オモテナシトピア』(橋本元司の造語)

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
オモテナシトピア00

橋本元司の「価値創造の知・第208夜」:「落合陽一: 農業→工業→脳業」④

2019年2月20日 ビジネスの「戦いのルール」変更

ビジネスの「戦いのルール」は変わり始めています。
それは、第144~146夜『魅力がなくなるコト』をテーマに綴りました。

特に、第144夜の“「AI」「BI」「CI」って?”については、多くの方達がアクセスされています。
そこでは、「AI」「BI」「CI」と「苗代(なわしろ)的思考(第119夜)」についてお伝えしています。

特に、中心テーマは、「AI」(Artificial Intelligence、人工知能)です。
本夜は、「これからの世界をつくる仲間たちへ」(落合陽一著)で語られたAIのエッセンスを加筆引用しながら、首記の「農業→工業→脳業」と絡めて「価値創造」について綴ろうと想っています。

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「コンピューターと人間の違いを考えよう」

—コンピューターが得意にしているのは「総当たり戦」です。与えられた問題の答えやコンテンツのバリエーションを総当たりで探して、「最適解」をみつける。
「この電話番号を探せ」と命じられたら、分厚い電話帳のページを端から端まで全部サーチして見つけ出すようなものです。いわば単純作業ですが、人間にはできないスピードで淡々とやり続けられるのがコンピュータ。
(今朝のテレ朝newsで、AIで働き方が変わる 待機児童も解消へ[2019/02/19]では、高松市の4人の職員入園希望者の割り振り作業の選考で約1ヶ月かかっていたものが、AI=人工知能で50秒で完了していました。選考にかかる時間が短縮されることによって、より待機児童対策に時間を充てることができるという内容でした)

—コンピュータになくて人間にあるのは、「モチベーション」です。
コンピュータには「これがやりたい」という動機がありません。目的を与えれば人間には太刀打ちできないスピードと精度でそれを処理しますが、それは「やりたくてやっている」わけではないでしょう。

いまのところ、
・「人間社会をどうしたいか」
・「何を実現したいか」
といったようなモチベーションは、常に人間の側にある。

だから、それさえしっかり持ち実装する手法があれば、今はコンピュータを「使う」側にいられるのです。

逆に云えば、何かに対する強いモチベーションのない人間は、コンピュータに「使われる」側にしか立てません。
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全く同感です。
もう一歩話を進めると、
①コンピュータを「使う」側
②コンピュータとの「共存」
③コンピュータに「使われる」側

に整理できますね。

さて、この「価値創造の知」シリーズの第109夜に、首記の「農業⇒工業⇒情業⇒脳業の時代」を綴りました。
AI( Artificial Intelligence:人工知能)、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)、Industry4.0(第4次産業革命:製造業のデジタル化・コンピューター化を目指すコンセプト)という『I(アイ)』の入った言葉がメディアを賑わしています。
いったい、これをどのように把えたらいいのでしょうか?

という「問い」から、『3つのC』
・C: Computer=脳(AI)
・C: Communication=神経系(IoT)
・C:Control=手足等(Industry)
をご案内しました。
その「脳業(AI)」と「3C」について、24年前の1995年に前職・パイオニア社内で発表しました。

さてさて、一番のポイントは、そのことで「ビジネスやライフスタイルのルールが大きく変わる」ということです。
産業革命以前は、「農業」環境の時代でした。
産業革命以降は、「機械(工業)」環境の時代でした。
それぞれ、それは目的ではなく、その手段をベースにしていました。ここの認識が重要なのです。
(さらに、第2夜、第20夜、第86夜、第93夜で綴った日本のお家芸である『おもてなし』(ハードウェア・ソフトウェア・ハートウェアの融合)の出来がそれにかかってきます)

そして今、「脳業(AI)」を手段にして、ビジネスやライフスタイルが変わる時代の入口を跨いだところに私たちはいます。

「脳業(AI)」環境に否が応でも包まれるということをしっかり認識することが重要です。

大事なことは、農業も、工業も、脳業もあくまでも「手段」だという認識です。
その環境の中で、『人』、『日本人』として、どのような「目的」「志」「使命」を持つのかということが肝要です。
(目的がない人生、目的がない日本にしたくありませんよね)
そのように上位に立つことで、AIの「使い道」が観えてきます。それがなければ、AIに「使われる」側になってしまうのです。

どちらが、「人」として『幸せ』ですか。

「学校教育」「企業」「地域」「日本」の再興に必要なことは、その認識と変革です。
それは、新価値創造研究所の提唱する、「価値創造の知」の第一法則と第二法則です。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
落合陽一01

橋本元司の「価値創造の知・第207夜」:「落合陽一: 余白の美意識」③

2019年 「白紙も模様のうちなれば心にてふさぐべし」

第205~206夜に、落合陽一さんの「デジタル側から見える質量への憧憬(ノスタルジア)」を綴りました。
そこに見え隠れするのは、「負の想像力」「ワビサビ」でした。それは、「余白・余韻」と深く関わるものでした。
そこで、片方に「デジタル」を置き、もう片方に、「余白・余韻」を置いて結びつけた時に何が未来に現出するのかに関心を持ちました。

その「余白・余韻」ですぐに思いつくのが、「心にてふさぐべし」でした。
それは、松岡正剛師匠主催イベントの連塾(方法日本Ⅱ・第五講)のテーマである「日本美術の美意識」にありました。。
そこの副題は、

「白紙も模様のうちなれば心にてふさぐべし」(画人:土佐光起)

その第五講から加筆引用します。

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---昭和17年に、板崎坦が『日本画の精神』を書いて、この光起の言葉に注目して、次の様に綴ります。
「この白紙をさへ描写以上の描写とする尊むべき省略法は日本画独特の技法であり、又この中にこそ本邦画論創始者の思ひをふくますべしといふ意味が潜んで居るのである」と。
ーーー
さて、では、この「白紙も模様のうちなれば心にてふさぐべし」とは、どういうものなのでしょうか。
普通に想像すると、これは余白の多い絵のことかなと思いますね。むろん、それもあります。ヨーロッパの絵画はルネサンスから印象派まで、びっしりと画面を埋めていますし、人物画の多くも背景を描き込みます。
それに対して日本の肖像画は、藤原隆信の『源頼朝像』などの似絵がそうですが、背景がない。それだけでなく大和絵の歴史はしだいに余白を持つようになり、長谷川等伯の『松林図』などでみずみずしいほどの余白を描きました。ーーー
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長谷川等伯の『松林図屛風』については、第85夜「深い知」に綴りました。
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—もう少し説明します。これは、「第33夜・禅と価値創造③」の内容とダブります。日本人がもっとも得意としているのは「引くこと」。
アルコールフリーのビール系飲料は「ビールからいちばん大事なアルコールを抜いた」ものだし、NHKのアンケートで「見たい国宝」の1位になった長谷川等伯の『松林図屏風』は西洋画のようにびっしりと描き込むことがなく、見る者がその世界に入り込める余白が設けてあります。
龍安寺石庭に代表される枯山水は「水を感じる」ためにあえて水を抜いてある。カラオケもまた「歌=ボーカル」という大切なものを抜いたことで大ヒットし、ひとつの文化となりました。
これらはすべて「禅の思想」。執着や先入観といったものを取り払う、あるいはいちばん大事なものを手放す。そうすることで『深い知』=「抽象化能力」が身につきます。—
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写真は、九品仏・浄真寺の枯山水ですが、『負の想像力』のその人のレベルによって感じ方は変わってきます。
自分でも、朝早くや夕暮れ、或は春夏秋冬や自分のコンディションで変わってくることを経験してきました。

「白紙も模様のうちなれば心にてふさぐべし」

カラオケもボーカルがなくなり、白紙の状態と同じです。
そこに、自分の想いや祈りを込めて、心を使っているのではないでしょうか。

「行間を読む」

というのも同じですね。

さて、私たちのテレビとの付き合い方を見てみましょう。
仕事で疲れて帰ってきて、もう神経を、頭を使いたくないのですね。頭を使わなくていいように制作されています。
翻って、詩・俳句・小説やオーディオは如何でしょう?

オーディオにはビジュアルがないので「想像力」を働かせることが必要です。
詩・俳句・小説では、さらにもっと「想像力」と「知性・感性」を働かせることが必要です。
そこに『豊かさ』があります。

『デジタル』の進展で、五感により近いコンテンツが届くようになりました。それは素晴らしいことです。「デジタル」の先には「キュービタル」(第40夜、第205夜)があります。
ただその反面で、私たちの「感性・知性・心性」は鈍ってきたのは事実です。ここが大問題ですね。

『デジタル/キュービタル』と『余白・余韻』を新結合(第32夜、第75夜)するところに新しい価値が生まれてきます。
それは、第17夜(「間(ま)」と「創造」)の価値創造ダイアグラムにA(『デジタル/キュービタル』)とB(『余白・余韻』)を置いて、③STRIKE を導き出します。
その時に必要なのは、①問題・課題という意識、②大切なコト、③物語 です。

これを洞察してみると幾つかの将来・未来が観えてきました。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
枯山水00

橋本元司の「価値創造の知・第206夜」:「落合陽一: 負の想像力」②

2019年2月16日 桃の節句:祈りとノスタルジア

昨日、姫孫の初節句に向けて写真の親王官女を飾ってきました。
長女が生まれた時のお雛様が孫に引き継がれました。
そこには、桃の節句の伝統の雅さ、華やかさと、健やかに成長して欲しいと願う祈りがありました。

さて、前夜(第205夜)では、落合陽一さんの『質量への憧憬』というテーマについて触れました。
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きっと今の時点での僕は、ここに右脳で捉えたい世界があって、それは質量とデータの間にあるある種のノスタルジアなのだ。憧憬でもある。---
「質量への憧憬」の目指す先は祈りだ。
祈りは実行と形を持たないソフトウェアアップデートだ。精神のチューニングと出力の連続活動かもしれない。---

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そのオープニングレセプションに観えたのは、「無常」「祈り」であり、「wabisabi(詫び寂び)」でした。
その視点で観ると、首記の「お雛様」はどうでしょうか?

そこには、デジタルデータにはない「質量」があります。
そして、出来上がった瞬間から朽ちていく「はかないもの」「フラジャイルなもの」であります。

その「無常」「非定常」に祈りを捧げていく。

それを「無駄」と把える人もいれば、それこそが、「人生の豊穣」と結びつけている人もいます。

ただ人形があるだけでは意味はありません。
そこに桃の節句という過去・伝統と子どもの成長という未来へ「想い」を馳せる、祈るということが込められているということにあります。
デジタルの先のキュービタルの時代(第205夜)には、「節句」というものがこれまで以上の脚光を浴びるかもしれませんね。

さてさて、「wabisabi(詫び寂び)」です。

「ワビサビ」とは上記の「朽ちていく」「欠けていく」「不足している」という「負」の中に想像力を発揮することです。
そこでは、対象が主役ではなくて、対象と自分が「主客一体」となること。

例えば、前職・パイオニア社でかかわった「カラオケ」を見てみましょう。
本来は、フルオーケストラなのに、スターが歌っていた「ボーカル」を抜いてしまった。

その欠けた中に、負の中に、自分(たち)の想像力が自由自在に入り込むのです。
それって、どこかに似たような構図がありましたね。

「枯山水」(第3夜、第170夜)「長谷川等伯の松林図屛風」(第85夜)・・です。
第190夜「芭蕉の知:蕉風開眼の句」も同様です。
それは、受け手側が主人公となって『余白』を任せられるのです。

これからの時代、質量がなく、エイジングのない「デジタル」が私たちの生活環境に根付いています。
それだからこそ、物質性・精神性を伴う「ワビサビ」という美意識が螺旋的発展で脚光を浴びると想います。

そう、その視点・視座が『日本の再興』に繋がってくるという核心・確信があります。
その「本来と将来」を共有して、是非、そこからの革新(『日本の再興』)を実践してゆきましょう。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
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橋本元司の「価値創造の知・第205夜」:「落合陽一:オープニングレセプション」①

2019年1月29日 デジタルから『質量への憧憬』

『質量への憧憬』というテーマで落合陽一さんから招待状が届きました。
そのオープニングレセプションに、細君と先週末(1/25)に天王洲アイルamana squareに行ってきました。

その視座の一部をご紹介します。
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きっと今の時点での僕は、ここに右脳で捉えたい世界があって、それは質量とデータの間にあるある種のノスタルジアなのだ。憧憬でもある。
データ化する質量のない世界の中で質量のあるものやフィジカルな機能を質量のない世界から見た時に感じる物質性を求めているのだと思う。
デジタルなものは永続性を持つが失われるのも一瞬だ。
エイジングすることもなければ、メディア装置それ自体と切り離されることがほとんどだ。

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このような新しい視座、視点が新しい価値創造に繋がってきます。
それについては後に綴ります。

さて、デジタルとアナログの関係について自分の関わりを記しますが、その内容と今回の視点が結合することで新しい世界が拓けてくるかもしれないのでワクワクしています。

西暦2000年前後の20年ほど前、自分は前職・パイオニア社で、社長直轄で新事業創造に社内横断の開発企画をプロデュースしていました。
そこでは、「アナログ→デジタル」の先を把えること、それがパイオニア社や業界の将来につながるために非常に重要と想い、のめり込んでいました。

結果、その進化の形は、

①アナログ→②デジタル→③キュービタル

と洞察しました。
キュービタルとは、キュービット(量子力学)とデジタルの造語です。

当時のカーナビの将来(車の運転)を検討した時の簡易的な事例では、
①アナログ:実際の運転席で、「次の交差点を右に曲がると六本木」という標識を観て進行先を判断する
②デジタル:カーナビのディスプレイの中にあるデジタル情報を見て、「次の交差点を右に曲がると六本木」という判断をする
③キュービタル:実際の窓の外の風景(アナログ)を見ながら、空間上にデジタル情報(⇒矢印や3次元の疑似車)が浮かび上がり、アナログとデジタルがインタラクティブに融合する世界。

という具合です。そのようなカーメディアが10数年後に発売されました。
それはまだまだ未熟なものでしたが、目を転じると現在スマホを覗いている姿がなくなり、キュービタルな世界に移行していくこと等と同様であり、その進展は間違いありません。
この「キュービタル」という将来世界をいろいろな視点・視座から検討していたのが20年前です。

さて、そのようにデジタルの将来を弁証法(第10夜、第15夜)やシナリオプランニング(第86夜、第147夜)で観ていたのですが、今回のレセプションでは、

①アナログ⇔②デジタル

の「間(ま)」からの視座なのでした。

それは、「②デジタル」を質量のないもの、エージングのないものとして把えて、そこから「①アナログ」を観るというものでした。

「アナログ」には、質量があり、エージングとしての朽ちていくはかなさがあります。
松岡正剛師匠(『日本という方法』引用)によると、
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「はかなし」のハカという言葉はもともと「はかどる」「はかばかしい」などのように「計」や「量」をさす言葉であり、「はかなし」は「はかどらない」という意味だった。
平安時代の女房たちは「はかなし」という言葉の中に美や深みや奥行を発見し始める。「はかなく」ないものなんてないのだと考えるようになった。人生は「はかない」ものよと考えるようになったのである。
しかし、そこに文化的な充実が生起することになるのである。

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そう、「質量」と「はかなさ」は関係があるのです。
「はかなさ」とつながる「面影」「うつろい」「無常」ということが浮かび上がってきますね。
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ウツロイの感覚はやがて、「無常と」シンクロし始める。「無常」とはそもそも「非定常」と云う意味である。
しかし、「無常」というとなにも「あきらめ」のような否定的な厭世感やニヒリズムにばかり結びつくわけではない。「負」や「無」と見えていたものの中から新たな価値が見い出されたりする。
見えていない神々が「影向」したりする。見えないことやマイナスは別のプラスを生む可能性を持っている。この途中のプロセスこそウツロイである。

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そう、それは「wabisabi(詫び寂び)」とも繋がってきます。
次夜は、その辺りを綴ろうと思っています。

価値創造から。「事業創生・地域創生・人財創生」へ

落合陽一①

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橋本元司の「価値創造の知・第204夜」:「全豪オープンテニス:どんな状況でも最善を尽くす」①

2019年1月28日 ベストを尽くせばチャンスが来る

一昨日(1/26)の大坂なおみ選手の全豪オープン(英語:Australian Open)優勝(四大大会連続優勝)はフルセットにもつれ込む痺れた試合でした。
長女夫婦も事務所に集まり、ミニスポーツバーの趣きとなり、全員で手に大汗をかきました。

第2セット第9ゲームで、相手サーブの0-40で、チャンピョンシップポイントを握りながら勝ちきれず、勝敗の予想のつかない第3セットに入り込みましたが、見事なメンタルとフィジカルでメジャー連覇を果たしました。

全豪OP優勝から一夜明けて、大阪選手がインタビューに心境を語られた放送内容が「価値創造の知」とリンクするのでそれを綴ります。

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――全豪オープンで学べたことは?

「どんな状況でもベストを尽くせばチャンスが来ることを全豪で学んだ。
全米の時は自分でもちょっと驚きでした。誰も私が優勝するなんて予想していなかったし、良いプレーをしたいという気持ちでいたら優勝した。
でも、今回は自信を持って勝てるんじゃないかと思ってやっていた」

――ラケットのガットを変えることは選手にとって大きいことだが、迷いはあったか。

「みんな、変えるのは不安がある。ちょっと心配した」(大坂なおみ選手)

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「どんな状況でも、ベスト(最善)を尽くせば、踏ん張れば、チャンスが巡ってくる」

まさしく、第2セットのまさかの逆転で落ち込んでから、第3セットに気持ちを切り替え、
その時にできるベストを尽くしていたら、第3ゲームにチャンスが巡ってきたのを目撃しました。

勿論、この大会のずっと前から、辛いフィジカルトレーニングを積んだり、ラケットのガットを変えるという大変な『用意』を語られていました。
そのことで、『卒意』(第4夜、第75夜)がありました。
(卒意:主客一体となって、場をつくりあげること。その場の空気や出来事に応じて、とっさに判断・行動すること)

そして、それは「人生でいちばん大事なこと」(第55夜)にも通じます。
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「自分の運命を変える天からの“一本のロープ”」

何か「これは」と思うものをやろうとするとき、人は二つの壁にぶちあたる。それは、自分の能力的な壁と環境の壁である。
能力的な壁とは、自分の問題、「内なる壁」と言っていい。自分の側の力不足であるから、これは自分次第で何とでもなる。
これに対して環境の壁は物理的な壁であり「外なる壁」と言ってよい。今の時点ではどうにみならないこともあるから、とりあえずは時期を待つことにすればいい。
私の経験から言って、今はちょっと難しくすぐに実現できずとも、「いつか必ずやれる」という気持ちを持って「やるための理由」を掲げて努力を絶やさない人には、不思議なことに、天の一角から“助けのロープ”が下りてくるものである。
できない理由を押さえて、あえてやってみれば何とかなるということを信じられるかどうかは、その人の覚悟次第であるが、この覚悟によって世に云う「運命」も変え得るということを覚えておいてほしい。
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人生でいちばん大事なことは何か、一つ上げよと問われたら、私は躊躇なく、
『できない(やらない)理由を探すな』と言いたい。
もしたったこれだけのことでも・・・・・・、おそらくあなたの人生に新しい一面が開かれるのではないかと思う。

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そう、
・『どんな状況でも、ベスト(最善)を尽くせば、踏ん張れば、チャンスが巡ってくる』
・『できない(やらない)理由を探すな』
・『用意と卒意』

それが今回の全豪オープンで、人生に、価値創造には肝要なことを脳と心に刻み込んでくれました。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ

理解大阪なおみ

橋本元司の「価値創造の知・第203夜」:「理解の秘密:テルマエ・ロマエ」⑧

2019年 テルマエ・ロマエと価値創造

土曜日の番組「サワコの朝」を毎週録画して、「価値創造の研究素材」として楽しく観ています。
先週は、[漫画家ヤマザキマリの風呂論]でした。

実は、彼女の映画・漫画「テルマエ・ロマエ」を題材として、セミナーの中で良く活用します。
皆さんは、映画&漫画「テルマエロマエ」をご覧になりましたか。第1作、2作と連続大ヒットとなりました。
それは、原作者・ヤマザキマリさんの「古代ローマと現代日本」の新結合と新視点の絶妙にあります。

内容をご紹介します。
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すべての“風呂”は、“ローマ”に通ず。 「マンガ大賞2010」と「第14回手塚治虫文化賞短編賞」をW受賞、実写映画(主演:阿部寛)も記録的な大ヒットとなった超ベストセラー・爆笑コミック!
紀元前128年、第14代皇帝ハドリアヌスが統治し、かつてない活気に溢れているローマ。すべてに斬新さが求められるこの時代、古き良き浴場を愛する設計技師のルシウス・モデストゥスは、生真面目すぎる性格が時代の変化に合わず、職を失ってしまう。
落ち込むルシウスは友人に誘われた公衆浴場から、突然現代日本の銭湯にタイムスリップしてしまい……!?
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この映画(漫画)の構成を第197夜の「インストラクションの理解」の構造に当てはめることで、ヒット商品(第14夜:社長直訴そしてヒット商品緊急開発プロジェクトへ)の構図が見えてきます。
前職・パイオニア社のヒット商品プロジェクトでは、
①ウィスキー(サントリー)とパイオニア
②ファッション(ラフォーレ原宿等)とパイオニア
③インテリア(無印良品、フランフラン等)とパイオニア
④お風呂とパイオニア
という異業種コラボレーションで連続ヒット商品をプロデュースしました。

上記、異業種コラボレーションを①で説明すると、サントリーとパイオニアの共通項を見つけることです。
お互いの接点は、「響(ひびき)」にありました。(サントリーさんのデジタルロゴは、「響」であり、パイオニアは「音響」)
「響き合う」ということが重要なメッセージでした。

異業種連携により、樹齢100年のウィスキーの樽材で響く「ピュアモルトスピーカー」が生まれました。
それが、余白(第22夜)を創る秘訣の重要な一つです。そこには、「ものがたり&ものづくり」の融合があり、顧客の心を掴むことに繋がります。

その新結合(第32夜、第75夜)の方法を「テルマエロマエ」に当てはめて、その一部を解説します。
最初のポイントは、第197夜の図解の「分母のコンテクスト:インストラクションを届ける場面、背景)にあります。
それは魅力的な基盤となる「共通項」です。

「古代ローマ」と「現代日本」の接点は、いったいどこにあるのでしょうか?

全く接点がないようでありながら、「お風呂にどちらも浸かる文明」という共通点がありました。
古代ローマは、水のインフラが整い、水の文化(浴場)があったのです。

そう、「古代ローマ」の浴場文化が、日本のお風呂文化に似ていることに作者は気づいたのです。
それは、作者が風呂好きであり、温泉数寄なことが背景にありました。
映画の中でも「お風呂の魅力」が、古代ローマの良き浴場を愛する主役の設計技師のルシウスの目を通して良く描かれています。

その双方で、お風呂を綺麗に使い、リラックス・リセットする神聖な場所として表現されています。
2000年経った現代のローマでも使われている水のインフラやお風呂の魅力を語りたい、伝えたいという作者の想いが伝わってきます。

そしてそこには、
・進化した現代の日本の風呂文化に驚く古代ローマ人の目線の面白さ、楽しさ
・古代から来た人から私たちが学べる気づき(温故知新)
の双方が表現されていました。

さて、「インストラクション」構造(第197夜)に目を向けると、「図:分子」の伝達手段・チャネルは、「漫画・映画」でした。
・コンテクスト(分母)
・情報の送り手
・情報の受け手
・内容(メッセージ)
・チャネル(メッセージの形式)

それらの五つを意識することで、様々な領域で応用・活用できることを実体験してきました。

そう、それはヒット商品・新規事業や働き方改革にも実証済みです。

事業や地域活性に、そしてコミュニケーションに行き詰まりを感じた時に、是非上記を意識して実践してみてください。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
理解テルマエロマエ

橋本元司の「価値創造の知・第202夜」:「理解の秘密:ニッポンのジレンマ元日SP」⑦

2019年1月9日 コスパの先にある幸せ

2019年元日の「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」をご覧になりましたか。
それは、東日本の震災の翌年の元日から始まった新世代討論です。

「価値観の大いなる転換期に、若者はどこに希望を見出すのか?」

1975年以降生まれ以外「立ち入り禁止」の新鮮なスタジオで、新世代がジレンマを解いていく番組なのです、毎回関心を持って視聴しています。

本夜は、この放送と関連付けて、これまで6回続けて記してきた「インストラクション」の使い方を綴ろうと想っています。

今回の「ニッポンのジレンマ」メインテーマは、図にある様に、「“コスパ社会”を越えて@渋谷」
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平成とは「コスパ=万能物差し」時代だった?

何につけてもコスパは大事、その気分はわかります。
でも「コストパフォーマンス至上主義」となると、
なんだか世知辛い気がしませんか?

その差は一体どこにある?

コスパでは測れない価値とは?
コスパを越える物差しとは?
そして、コスパのさきに幸せはあるのか?
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あなたであれば、このテーマにどの様に向き合い議論を組立てますか?そして、進めますか?

上記のジレンマを持った「コスパの先の幸せ」に向かうには、やはり「革新」が必要となります。
「革新の7つの力」は、第59夜~第74夜に亘って綴ってきましたが、その構図・体系は第60夜にまとめています。
その7つ力と流れを引用します。

1.自分を変える:危機意識・情熱力
2.他者を愛する:幸せ想像力
3.余白をつくる:本質創造力
4.舞台をつくる:仕組構想力
5.関係をつくる:伝える力・伝わる力
6.信頼をつくる:巻き込む力・巻き込まれる力
7.成功をつかむ:すぐやる力・やり抜く力

さて、自分であれば、「コスパ(コストパフォーマンス)」は手段であるので、『大目的』は何なのかを共通認識してから議論することをお薦めします。

・そもそも、それは何のために?なぜ?

それは、上記「革新の7つの力」の『2.他者を愛する:幸せ想像力』のステージにつながります。
「手段」の奥や先にある「将来の幸せ」について議論することが重要です。それは、「事業」や「教育」の分母になります。
ただし、理想ばかり話しても先には進めません。

ジレンマがあるということは『壁』を越えるビッグチャンスだという認識と道筋が必要です。
それには、本質を把えて、今の常識という分母『再定義』することで次の道を拓くことができます。。
それを、第105夜では、「事業創生・地域創生」の為には、『本分』という「分母」を明確にすることとして綴っています。
更に、その事例については、第106~107夜に『本分(分母)』の再定義実例を掲載していますので関心のあるかたはご覧ください。

目的や再定義に議論が向かないと、手段である「コスパ」の問題ばかりが議論されて枝葉(えだは)の方に意識が飛んで時間の多くが取られてしまいます。それは、とっても勿体(第50夜、第103夜)ないことです。
それは、上記「革新の7つの力」の「1.自分を変える:危機意識・情熱力」ですませておきたいところです。

重要なステージは、「3.余白をつくる:本質創造力」、「4.舞台をつくる:仕組構想力」に控えています。
その論議の時間が多く露出・放映されるともっと「実りのある議論」になること請け合いです。

放送の中で、
・目的を明確にする
・再定義
・時間軸
・聴く力

という言葉が、そこに集った論客(パネラー)から紹介されたので期待と希望が持てました。

さてさて、やはり、送り手と受け手の「インストラクション」のリテラシーを大幅にアップさせることが、より良い未来を創っていくことに繋がります。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
理解ジレンマ