橋本元司の「価値創造の知」第328夜:伊東屋「常識破りの革新を成し遂げた着眼力と発想力」

2024年12月7日 「Stationery(文房具)からMobileへ」

 いま、皆さんは「文具」をどこで購入されていますか?
・シンプルに美しく暮らしたい私の娘は、「無印良品」のものが殆どです。
・私たちが仕事関係でたくさん調達する時は、「ダイソー」です。
・私のモノは、「銀座・伊東屋」「日本橋・丸善」のものが多いです。

普通の文具店に行くことは殆どなくなりました。変わりましたね。
そう、昔は輝いていたのに、今は「魅力がなくなりました」。
過去の延長上に未来はありません。(第50夜・第133夜)

 
「伊東屋」は、明治37年に銀座で創業し、文房具の販売を通じ文化と表現を担ってきました。
5代目社長の伊藤氏により、2015年6月16日にリニューアルオープンした銀座・伊東屋は、幅広いライフスタイルを提案し、従来の文房具店の枠組みを越え「働く」「移動する」「遊ぶ」など生活シーンすべてにおける価値をカバー。
 『常識破りの革新』を成し遂げられました。
 さて、現在2020年のコロナ禍では80%の売り上げ減になりましたが、
「ECとオリジナル商品への注力」
という大きな戦略転換によって復活され、一時供給が間に合わなくなったほどの成功を収められています。


 
 さてさて、銀座リニューアルの年の12月に、伊東屋5代目の伊藤明社長が文化経済研究会に登壇されました。
 当時、私は前職パイオニア社を早く卒業して、新価値創造研究所を立ち上げて、
「企業経営の転換期に向けた『価値創造/革新(イノベーション)』の①背景・環境、②ものの見方と覚悟、③あり方、やり方」
についての強い関心がありました。

 伊藤社長の「革新を成し遂げた着眼力と発想力」を拝聴して、すぐに、もっと知りたい旨の取材の申し込みをしたらその場で快諾がありました。
数日後、隅田川のウォーターフロントタウン(日本橋箱崎のオフィス)を訪問して、社員の方達からもお話しを伺うことができました。
そこでお会いした一人がが、当時は、企画開発本部長の松井幹夫取締役(現在、常務取締役)でした。

 「・・・伊東屋のミッションは『クリエイティブなときをより美しく心地良くする』です。
『クリエイティブなとき』とは、前向きな気持ちで仕事を生み出す、すべての時間だと思っています。
その時間を支えるものとして、美しくかつ機能する文房具を提供するのが私たちのミッションです・・・」
等々。
さまざまな観点からの質問に丁寧に回答くださり、大変な学びとなりました。

 それでは、そのベースとなる「常識破りの革新を成し遂げた着眼力と発想力」について、伊藤社長の講演の一部を引用します。

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■伊東屋の立脚点と危機感

 伊東屋の特徴は
①文房具屋
②店頭小売業
③銀座の街
 です。しかしこの3つはこれからも成り立つのだろうか。心配なところでもあります。
①文房具屋はこれからも成り立つのか、危機感を持っています。
 働き方が変化し、事務所では1人1台のコンピュータが普及し、個人レベルでは1人1台以上のスマートフォンなり、タブレットを持っています。働く場所はもはや事務所が唯一ではありません。新幹線の中やカフェでコンピュータを広げて仕事をする人を多く見かけます。このようにモバイルで、ノマドの働き方が増えています。仕事の仕方が変わる中で、文房具屋が成り立つかどうか心配です。

②店頭小売業は成り立つのか。買い物の仕方が変わりました。
 大規模法人は、文房具は店頭に買いに来るのではなく納品業さんに依頼します。小規模法人はアスクルなどオフィス通販です。個人はGMS、ホームセンター、ロフトさん・ハンズさんなどの業態店に買いに行くようになりました。さらに脅威なのは、買うものが明確ならamazonなどのネット通販で、欲しいものだけを打ち込めば簡単に買える仕組みです。余談ですが、伊東屋のメルシー券は父が導入したものです。購入金額の5%の券を、例えばOLさんなどお使いで買いに来た人に渡すのです。買いに来た女性は「伊東屋に行けばメルシー券がもらえる」「それで自分の買い物ができる」と、他の文房具屋ではなく喜んで伊東屋に来てくれたわけです。伊東屋は来てくださる女性が喜ぶようにと、ファンシー商品導入のきっかけになりました。

③銀座は成り立つのか。銀座の強みと弱みがあります。
 銀座は日本で一番有名な商店街です。外国人客が多いし、百貨店の中で外国人比率は、銀座が圧倒的に高いです。また全銀座会を始めとする町会、通り会、業界団体などの組織があり、意思疎通がはかれています。しかし1軒ずつが小規模で、核となるデベロッパーがいません。クリスマスのイルミネーションをやろうと言っても、まとまった資金がありませんし、意志の統一に時間がかかります。

・また「街自体のあり方の変化」です。
 以前は人が集まる所へ出店すれば、そこにお客様が来て買い物をする構図がありましたが、そんな時代は終わりました。今は店が努力をして、モノを買う所以上の価値を提供し、来店する理由を作り、人の集まる所にしなくては、お客様は来てくれません。人が集まる場所であっても、その努力をしない店の前は通り過ぎます。街に力があるのか、店に力があるのか、疑問に思うところです。

・外から来るお客様から見える銀座はどんな街でしょうか。老舗の百貨店や老舗の店舗が多くありますが、そこよりも外国人が目指して来るのは世界のスーパーブランド(LV、カルティエ、エルメス、ブルガリ)や、世界のスーパー量販ブランド(H&M、ZARA、ユニクロ、Gap)です。最近では免税店。松坂屋さんの跡地や数寄屋橋で大型再開発が行われていますが、外国人などマスで取り込む流れに変わってきています。

 『そのような中で、われわれの成長領域はどこにあるのか』

・伊東屋はナショナルブランド(NB)商品を扱っています。
 しかしNBを扱う大資本企業の業態開発(ロフトさん・ハンズさん)には、同じことをやっても負けます。それからNBメーカーでいうと、NBはマスマーケットを狙っていきます。伊東屋が今までテレビで取り上げられたのは、流行りモノに関してであり、われわれがお勧めする商品は取り上げてくれません。テレビは全国放送なので全国で売れるものしか取り上げず、マスマーケット中心のモノとなると、伊東屋の特徴はなかなかメディアに載せにくい。つまりマスマーケットは大資本に勝てないし、またネットでの価格競争にも勝てないのです。

・もっと怖いのは日本市場の縮小です。
 人口動態問題で少子高齢化と、それに伴うマーケットの縮小。それから財政赤字問題。急速な円安や国債の格下げがあり、3~5年後が不透明です。さらに残念なことに、日本には言語問題もあります。語学教育が不十分でしたので、海外進出に困難があります。一部の企業はうまくいっていますが、われわれの規模では非常に難しい。海外展開のタイムリミットも来ているのではないかと、危機感を持っています。

・そして「企業継承」があります。
 継承すべきものは何か。事業か、資産か、と考えることがあります。
土地の価格が高い場所に資産を持っていると、事業を継承して苦労するよりも、資産だけを継承させて、そこを稼ぎどころにした方が儲かると勧められます。私が社長になる前にもありました。ある大手のゼネコンさんがいらして「伊東屋さんも商売の先が見えているから商売を辞めて、ビルを建て替えて貸した方がいいですよ」という提案でした。もし、うちの家族が、企業継承は資産の継承だと思っていたら、その話に乗っていたでしょうね。私も叔父もそうは思っていませんでした。われわれは法人として継承しなくてはいけないのは事業だと思っています。事業は法人のもの、資産は個人のものだと思っています。それを法人に当てはめてはいけないと考えています。

・銀座の資産価値の将来性はどうでしょうか。
 もし銀座がすべて貸しビルにしたら。大規模スーパーブランドが来ているときは良いでしょう。数年前中国の方が良いと、ブランド店は進出してこなくなり、日本のブランドは終わりだと言われました。幸い中国人は日本に買いに来たので、また違う様相になっていますが。つまり、外から来た人はいつでもいなくなる可能性があるのです。自分たちが価値を作っていかない限り、銀座の街はなくなります。少なくとも自分の店はやっていこうと。そのためには「ブランド力の強化」が必要です。・・・
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・「文房具屋のこれから」
・「店頭小売業のこれから」
・「銀座のこれから」
・「街自体のあり方の変化」
・「日本市場の縮小」
・「企業継承」
・「銀座の資産価値の将来性」
・「ブランド力の強化」

 ⇒『そのような中で、われわれの成長領域はどこにあるのか』

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■あり方、やり方(要約)

 伊東屋らしさを出すために、伊東屋らしさを突き詰めて考えた最後に、われわれの【Mission】という形になりました。
「クリエイティブな時をより美しく心地よくする」ことです
 
・ミッションは『クリエイティブなときをより美しく心地良くする』

 仕事の仕方が変わり、仕事をする場所が変わってきたので、それに合致したことをしなくてはいけません。
「stationery」の語源は「動かないかないもの」。それは、机の上に置いて、そこに来れば使えるモノだから。

今、スマートフォンやコンピュータなどモバイルが紙に代わり、ペンに代わり、ファイルに代わりました。
文房具が果たしてきた情報を書き留め、まとめ、必要なときに取り出せるものが、モバイルに入っています。
 世の中がモバイルに代わったときに、われわれが「働くことのサポート」するべきものは、机上の動かないものからモバイルに変えないといけません。

・メインコンセプトは『StationeryからMobileへ』

 そして「“モノを買うトコロ”から“過ごすトコロ”へ」と考えています。
それは買い物の方法の変化や、街や店舗のあり方の変化があるからです。
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  さてさて、新価値創造研究所の「価値創造セオリー」である、

 『切実』 ⇒ 『逸脱』 ⇒ 『別様』

 のメインプロセスが垣間見えましたら幸いです。(第322夜)

 それでは、革新を実現された伊東屋さんを「2+1」(第313~314夜)に当てはめます。

 ここでは原点に戻って、是非、「現状は『半分』と見切るコト」(第310夜)を思い出してください。
いまの状態(自社)は、まだ「半分」であること。「中途(半端)」であること。
「2+1」の『B』に何を入れると『C』のダイヤモンドの価値創造につながるのか、を考察されることが「価値創造力」のアップにつながります。
 第313夜から第328夜の「他の分野の知識(2+1)」を「自社の進化」に応用できるように、パターンを見つけることが大変有効に思います。
それにつながるように、毎夜綴っています。

「新しい文化と経済」は、『次のステージ・クラス』を自ら語ることで、初めてできるようになることを実体験してきました。
是非、皆さんもチャレンジされてみてください。

価値創造から「事業創生・地域創生・人財創生」へ