橋本元司の「価値創造の知・第194夜」:「芭蕉の知:パイオニア社の再生・再興」⑤

2018年12月11日 パイオニア社のリオリエンテーションの道筋

「パイオニア、香港・投資ファンドの完全子会社化へ」

という前職・パイオニア社のとっても残念なニュースが 先週12月7日に飛び込んできました。

本年5月中旬の第147夜に、
『真の企業再生・創生』とは? 「①リストラではなく、リ・オリエンテーション」
というテーマで、パイオニア社のことに触れました。
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経営は、縦の事業部に権限委譲していますが、経営の真の力は、将来ビジョンをイメージメントして、外部とそれらを横串して新文化を創る「プロデュース能力」です。
それを行うには、「深い知・高い知・広い知」を伴った企業の“ミッション・ビジョン・イノベーション”の明確化が絶対必要なのです。

そう、新しい経営陣には、「①リストラクチャリング」に安易に走るのではなく、“ミッション(錨)・ビジョン(北極星)・イノベーション(羅針盤)”と、真の企業再生・創生「③リオリエンテーション」が求められます。
真正面から取り組んでほしいですね。
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「次の一手」「次の柱」の用意と卒意はできたのでしょうか?

同時に、「真の企業再生のための3つの切り口」についても触れました。
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「行き詰まりの打破や、新たな成長を目指して、企業再生に取り組む切り口は3つあります。
①リストラクチャリング
「構造」の見直しを意味しますが、企業を縦串で見た時に必要のない部門を削除するものです。
②リエンジニアリング
「機能」の見直しを意味しますが、企業を横串で見た時に必要のない仕事を削除するものです。
③リオリエンテーション
「進むべき方向」の抜本的見直しを意味します。
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多くの会社が①②でお茶を濁していますが、上記①②は誰にも判りやすい「オペレーション」です。
12月7日の同日に、ニッサンのゴーンさんもニュースになっていましたが、ゴーンさんの得意なことも①②です。それも行き詰まりを見せましたね。
現在の多くの会社が①②が得意だった経営者の方達です。
ところが現在は、時代の変化・進化(第109夜、第169夜参照)の踊り場で、①②だけでは対応できなくなっていますね。
そのことは、経営者の方達はもう十分に承知しています。

今は、「③リオリエンテーション」の時代の踊り場であり、そのベースは、常識を逸脱しながら顧客満足価値を創造する「イノベーション」を開拓するパイオニアカンパニーが活躍する時代です。

さて、連載してきた『芭蕉』はその様な「踊り場」を生きて「俳句界」を開拓した、まさしくパイオニアでした。
この開拓で重要な視点は、芭蕉が生きた時代(1600年代後半)の背景をセットで視る必要があります。
そう、芭蕉が生きた時代と現在の状況には踊り場としての共通点がいくつかあるので、芭蕉がどの様な舞台でイノベーション(革新)をしたのか、を自分ゴトとして置き換えることで、今の経営に役立てていただければ幸甚です。

それでは、100分de名著:おくの細道 松尾芭蕉(長谷川櫂)から加筆引用します。
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江戸幕府がもたらした太平の時代の前には応仁の乱(1467~77)から130年以上続いた戦乱の時代がありました。
戦乱は今日の都を発火点にして日本全土に広がりました。この戦乱が日本の社会や文化に与えた影響は想像を絶するものがあります。
日本の歴史を眺めると、この戦乱の時代を境にして、それ以前の日本と以降の日本はまるで別の国であるようにみえます。
いいかえると、応仁の乱が巻き起こした戦火の中でそれまでの古い日本はいったん滅んでしまった。そして、戦火の中から新しい日本が生まれたということです。
このとき誕生した新しい日本が修正を加えられながらも現在まで続いているのですが、この新しい日本の最初の大詩人が芭蕉だった。

さらに踏み込んでみると、130年も続いた戦乱の時代に都だけでなく地方の都市も戦火で焼け、荒れ果てました。これによって貴族や大名や自社が保管していた多くの古典文学の文献が消失したり散逸したりしてなくなってしまいました。いつの時代でも戦乱は文化の破壊をもたらします。
その後の1600年前半に、本阿弥光悦・俵宗達・北村季吟等の日本の古典復興(ルネッサンス)がありました。芭蕉が生きた1600年代後半は、それらの古典復興を創作に生かした時代だった。
つまり、芭蕉は絶好の時代を生きたことになります。芭蕉が日本最大の詩人とされる背景には、こうした時代の力が働いています。
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さて、「蕉風開眼の句」と呼ばれる古池の句以前の俳句はどのようなものだったのでしょうか?
俳諧の本来の意味は「滑稽」や「戯れ」といった意味でした。それは、連歌を面白おかしく、親しみやすくしたものです。
それを簡潔に表わすと、古池の句以前のそれはずっと「言葉遊び(滑稽や戯れ)」の俳句でした。
それは「駄洒落」のようなものだったのです。

古池や蛙飛こむ水の音

はるか古代から日本文学の主流は和歌でした。その和歌は発生以来、一貫して心の世界を詠んできました
人の心を詠み続けてきた和歌に対して。言葉遊びの俳句が低級な文芸とあなどられていたのは当然です。
そうしたなかで芭蕉が古池の句を詠んで俳句でも人の心が詠めることを証明したのです。

そこに、「現実(実)と心の世界(虚)という次元の異なる合わさった『現実+心』の句」を開拓しました。

芭蕉の革新ポイントは、
・新しい舞台をつくる
・土俵を変える、逸脱する
・新しい目的をつくる
ことにあります。

上記については、次夜に、第177夜「老子の道(タオ)」と関連付けて綴ります。

さてさて、ここからパイオニア社が、「どの様な新しい道を開拓するのか」が肝要です。
ヒントや構想は、幾つかありますが、先ず二つアップします。

1.価値創造の将来は、「中心にはなく、周縁に」あります。
→「オーディオの未来は?」を参照ください(2017年5月14日 オーディオの定義を革新する)

2.「顧客に囲まれる」には?
「顧客に囲まれる時代」(第20夜、第72夜、第108夜)の新しい交差、新文化を創り、そのエコシステム(生態系)を創造する

ことにあります。
それは、「ハードウェア」だけではできません。

それができれば、仕上げの「第3ステップのイノベーション・レボリューション」に進むことができます。

やはり、それらはこれまでの①②「オペレーション」ではできません。
③「リオリエンテーション」から、開拓(パイオニア)しましょう。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
芭蕉パイオニア

橋本元司の「価値創造の知・第193夜」:「芭蕉の知:『軽み(かろみ・かるみ)』」④

2018年12月7日 『軽み』・『却来』・『色即是空・空即是色』

前夜は、「不易流行」について綴りました。
それは、時が流れても変わらない不易に心を置きながら、時の流れとともに変わる流行に目を置く。

それは、第88夜「世阿弥の知 離見の見」「目前心後(もくぜんしんご)」を想起させます。
「眼は前を見ていても、心は後ろにおいておけ」ということ。
その本質は、「我見(がけん)」と「離見(りけん)」にあります。

それと同時に、第6夜「空即是色」と「不易流行」は同じことを云っていることに気づきました。
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「色即是空」というのは、「現実=色」に問題・課題があるのなら、先ず心を無にして、「大元=空=大切なこと=真心」に戻りなさいと教えてくれているように思います。

そして、「空=大元=真心」に戻って従来のしがらみや常識から解き放たれて、その本質(=コンセプト=核心)を把えてから「現実=色」を観ると新しい世界(=現実=色=確信)が観えるということではないでしょうか。その確信を革新するのがイノベーションであり価値創造です。
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第190夜に、蕉風開眼の「古池や蛙飛こむ水の音」の世界を紹介しました。
それは、古池の句は現実の音(蛙飛びこむ水の音)をきっかけにして心の世界が(古池)が開けたという句である、と。
「現実(実)と心の世界(虚)という次元の異なる合わさった『現実+心』の句である」ということです。

それは、「現実(実=色)と心(虚=空)」の図式です。

俗っぽい俳諧から、「現実(色)から心(空)を想起し、その空から色を推敲した」様式を創ったのが芭蕉ではないでしょうか。

そこにある「心(空)」が「不易」に近づき、高まっていくと「高尚」になっていきますね。

・高く心を悟りて俗に帰るべし(=高悟帰俗)

「小林一茶」(丸山一彦著)は、これを「俳諧の本質は、現実から出発しながら、それを一旦突き放し、廻り道をしながら、再び現実に帰ってくるところにある」
と著しています。

これを、芭蕉は「軽み(かろみ・かるみ)」と云ったのではないでしょうか。
「高悟帰俗」としての芭蕉の表現を「軽み」とすると腑に落ちます。
それは、第4夜(用意と卒意)の「侘び、寂び」にもつながってきます。

同時に、それは、第183夜の「世阿弥の知 却来の思想」でもあります。
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「却来」の思想は、優れた風儀がつまらぬ「なりふり」を一挙に吸収していくことをいう。くだらなさ、つまらなさ、下品さを、対立もせず非難もせず、見捨てもせず、次々に抱握してしまうのである。
なるほど「能」とは、このようにして万象万障に「能(あた)う」ものだったのである。・・・
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「空即是色」(第6夜)、「世阿弥の知 却来の思想」(第183夜)と「芭蕉の知 かろみ」(本夜)とが一直線で繋がりました。

さてさて、それを現代に引き戻すと、「高尚なコンセプト」を「かろみ」にする方法として活用できます。
例えば、
・池上彰さんの分かりやすいニュース解説
・第28夜 旭山動物園「命の大切さ」→動物が生き生きしている展示
・会社の理念→ビジョン展開
・自分の生きがい、やりがい
等々です。

今は、この連載で何回か記しましたが、「社会に役立つこと」と「会社の理念・活動」が繋がることが不可欠な時代になっています。
是非、社会の在り様、会社の在り様を再検討してみてください。
それは、「人生」においても同様です。

そこに、「価値のイノベーション」「意味のイノベーション」(第130夜)という『お宝』があります。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
芭蕉かろみ

橋本元司の「価値創造の知・第192夜」:「芭蕉の知:『不易流行』」③

2018年12月5日 風雅の誠

五木寛之さんが、「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」のゲストの回でした。

そこでは、めまぐるしく変化していく時代のなかで、

・「変わる世の中、変わらぬ本質」
・「私たちも何を変えて、何を変えずに走るべきか(生きるのか)」

が大きなテーマの一つとなっていました。
この取組みは、永遠のテーマですね。

それは、まさしく『不易流行』です。
全ては「無常迅速」ですから、それは、人生、事業創生、地域創生、教育、政策等々にあてはまります。

それでは、日本俳句研究会から引用します。
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不易流行とは俳聖・松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の中で見出した蕉風俳諧の理念の一つです。
芭蕉の俳論をまとめた書物『去来抄』では、不易流行について、以下のように書かれています。

「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」(去来抄)

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不易流行の『不易』とは、時を越えて不変の真理をさし、『流行』とは時代や環境の変化によって革新されていく法則のことです。
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・『不易』とは、時が流れても変わらない
・『流行』とは、時の流れとともに変わる

前職・パイオニア社で、「ヒット商品緊急開発プロジェクト」を立ち上げ、次々に「ヒット商品」を連発しました。
その多くは、その時代のツールで、現在リリースしても「ヒット商品」には届きません。
今でも初期iPodやガラケー携帯を記念として持っていますが、それらは、ツールが進化して売れませんね。

五木寛之さんは、それを
「時代とともに時代と寝る。時代のバックグラウンドの上で物語をすすめる。
それは、二度と帰ってこない。・・・」
と語っていました。

ポイントは、不易を分母として、流行が分子という構造があるかどうかです。
本質的な分母(不易)があれば、時代に適合した分子(商品・サービス)を生み出すことができます。
それは、「価値創造の知・第一法則」(第21夜、第85夜、第161夜)に記しています。
重要なのはインビジブルな本質・価値・意味を把えらえているかどうかにあります。
なので、今でも「ヒット商品」を創出する自信があります。

五木寛之さんは、日本が大事にするもの(不易)というテーマで、

「和を持って貴しとなす」
が変わらぬ本質であるとも語っていました。

さて、再び日本俳句研究会からの引用です。
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不易と流行とは、一見、矛盾しているように感じますが、これらは根本において結びついているものであると言います。

『蕉門に、千歳不易(せんざいふえき)の句、一時流行の句といふあり。
是を二つに分けて教え給へる、其の元は一つなり』(去来抄)

去来抄の中にある向井去来の言葉です。
『千年変らない句と、一時流行の句というのがある。
師匠である芭蕉はこれを二つに分けて教えたが、その根本は一つである』
という意味です。

難しい内容ですが、服部土芳は「三冊子」の中で、その根本とは、「風雅の誠」であり、風雅の誠を追究する精神が、不易と流行の底に無ければならないと語っています。

『師の風雅に万代不易あり。一時の変化あり。
この二つ究(きはま)り、其の本は一つなり。
その一つといふは、風雅の誠なり』(三冊子)

俳句が時代に沿って変化していくのは自然の理だけれども、その根本に風雅の誠が無ければ、それは軽薄な表面的な変化になるだけで、良い俳句とはならない、ということです。
(風雅とは蕉門俳諧で、美の本質をさします)
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蕉門俳諧の分母、根本は、『風雅の誠』にあるですね。

その本質があることで、
「卑俗ではなく、趣を介した自由な精神・芸術」
として受け継がれているのではないかと洞察しています。
会社や地域の再興、隆盛で必要なのは、「手段」ではない「本質・不易・目的」を明確化・共有化しているかどうかにあります。
それを持って、「時代とともに時代と寝る(五木寛之)」(=流行)のです。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
芭蕉不易流行

橋本元司の「価値創造の知・第191夜」:「芭蕉の知:『虚に居て実にあそぶ』」②

2018年12月4日 芭蕉とAR・VR・AIの新結合

少し前に添付の様に、芭蕉の句で有名な山寺を訪ねました。
大仏殿のある奥の院まで1,015段ある石階段。「一段一段踏みしめていくごとに一つずつ煩悩が消え悪縁を払うことが出来る」と云われるその石階段を何とか上りきりました。

「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」

その「閑かさ」、「岩にしみ入る蝉の声」と頂上の景観を感じるためでした。
そこでは、世阿弥の世界にAR(オーグメンテッドリアリティ)、VR、AIがよぎったことが不思議でした。

さて、前夜に、古池の句は現実の音(蛙飛びこむ水の音)をきっかけにして心の世界が(古池)が開けたという句である、という蕉風の世界をご紹介しました。
ここにも「現実(実)と心の世界(虚)という次元の異なる合わさった『現実+心』の句である」ということが展開されていることがわかります。

ここで水先案内として、松岡正剛師匠の千夜千冊・991夜「松尾芭蕉 おくのほそ道」に幾つか引用します。
(対象の「全体と本質」を把むには、別格のナビゲーションに触れることがたいへん役立ちます)
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・・・ところで最初に言っておいたほうがいいだろうから言っておくが、芭蕉は天才ではない。名人である。そういう比較をしていいのなら、其角のほうが天才だった。才気も走っていた。
芭蕉は才気の人ではない。編集文化の超名人なのである。其角はそういう名人には一度もなりえなかった。
このことは芭蕉の推敲のプロセスにすべてあらわれている。芭蕉はつねに句を動かしていた。一語千転させていた。それも何日にも何カ月にもおよぶことがあった。
そういう芭蕉の推敲の妙についてはおいおい了解してもらえるはずのことだろう。
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そう、「編集文化の超名人である」ことを認識することで「芭蕉の知」のイメージが立体になっていきます。
続いて、991夜に記されている推敲の一部をご紹介します。

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(初)山寺や 石(いわ)にしみつく 蝉の聲
(後A)さびしさや 岩にしみ込む 蝉のこゑ
(後B)淋しさの 岩にしみ込む せみの聲
(成)閑さや岩にしみ入る蝉の聲
(初)五月雨を 集て涼し 最上川
(成)五月雨をあつめて早し最上川
(初)涼しさや 海に入れたる 最上川
(後)涼しさを 海に入れたり 最上川
(成)暑き日を海に入れたり最上川
(初)象潟の 雨や西施が ねぶの花
(成)象潟や雨に西施がねぶの花

どれを例にしても驚くばかりの「有為転変」である。とくに立石寺で詠んだことになっている「閑さや岩にしみ入る蝉の聲」は、初案の「山寺や石にしみつく蝉の聲」とは雲泥の差になっている。
なかんずく「しみつく」「しみこむ」「しみいる」の3段に変えたギアチェンジは絶妙だった。「しみつく」では色彩の付着が残る。「しみこむ」は蝉に意志が出て困る。それが「しみいる」になって、ついに「閑かさ」との対比が無限に浸透していくことになった。こんな推敲は、芭蕉一人が可能にしたものだ。とうてい誰も手が出まい。

われわれにとって多少とも手が出そうな芭蕉編集術の真骨頂は、おそらく、「涼しさや海に入れたる最上川」が、「暑き日を海に入れたり最上川」となった例だろう。
なにしろ「涼しさ」が、一転して反対のイメージをもつ「夏の日」になったのだ。そして、そのほうが音が立ち、しかも涼しくなったのである。
享保に出た支考の『俳諧十論』に、芭蕉の「耳もて俳諧を聞くべからず」という戒めをめぐった文章がある。連句の付合(つけあい)の心得をのべているくだりだが、実はこの言葉は「閑さや岩にしみ入る蝉の聲」にも、あてはまる。蝉の声は耳で聞いているのだが、それを捨てていく。そうすると、「目をもて俳諧を見るべし」というところへふいに出ていける。
これは「涼しさ」が涼しい音をもっているにもかかわらず、あえて「夏の日」という目による暑さが加わって、それが最上川にどっと涼しく落ちていくことにあらわれた。

「物によりて思ふ心をあかす」

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「上記の様に伝えてもらう」と、自分の様な凡人にもビシビシ「伝わります」ね。
そのことは、第60夜「価値創造イニシアティブ:現状を革新する7つの力」の5番目に記しています。

それが、「伝える力・伝わる力」(価値創造の知・第69~70夜)です。引用します。
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「伝えた」ことが「伝わる」に変換されるには、そこに化学反応が起きて、何らかの化合物ができるようなものです。

「伝える」⇒共感・共鳴⇒「伝わる」⇒変わる・行動する(変化・行動)
ここにおいて、「新しい関係が構築される」のが「伝わる」ということです。
「伝える」⇒わかる⇒「伝わる」⇒かわる
という方程式です。

私が前職でプロデュースした、連続「異業種コラボ・ヒット商品」がこの図式です。(第14夜)

「伝える」というのは、送り手の情報を受け手が「知った」という状態。「伝わる」というのは、送り手の情報が受け手に響き、共感・共鳴して変わり行動すること。つまり、第8夜『「わかる」ことは「かわる」こと』で記した状態です。

つまり、『新しい関係性が構築されたコト』を意味します。
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推敲で記されている芭蕉の「耳もて俳諧を聞くべからず」「目をもて俳諧を見るべし」
というポリシー・スタイルが凄いというか凄まじいですね。

自分は、前職パイオニア社で、「サウンドスケープ(音風景)」をプロデュースしていました。
風景は目で見るものですが、「耳で風景を観る」という共感覚(第3夜:負・マイナスの美学)を文化にしたい、世間に広めたかったのです。
それは「逆転の見方」であり、「負(余白)の美学」でした。自分(橋本)の理解では、これと同じ日本の方法が枯山水であり、俳句であり、長谷川等伯の「松林図屏風」でした。

「俳句から、現実(実)と心の世界(虚)を負(マイナスの美学)に仕立てていく」

芭蕉からのいい学びがありました。

『虚に居て実にあそぶ』

そこには、負(マイナスの美学)と、AR・VR・AIとの融合、新結合、新文化が浮かんだのでした。

それをアナロジーとして、新価値創造へフィードフォワード(活用・応用・展開)しようと想っています。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
芭蕉山寺

橋本元司の「価値創造の知・第190夜」:「芭蕉の知:蕉風開眼の句」①

橋本元司の「価値創造の知・第190夜」:「芭蕉の知:蕉風開眼の句」①

一か月ほど前、仙台方面に「知の旅」に出遊しました。
その松岡正剛師匠主宰「未詳俱楽部」の二日目に、芭蕉が辿った塩釜から舟で日本三景松島に着いたルートを愛でました。

芭蕉が「おくのほそ道」に記すことはありませんでしたが、芭蕉の句に

「島々や千々に砕きて夏の海」

という松島を詠んだものがあります。
東日本大震災のことが頭をかすめながら、それが重なりました。

さて、これまで幾つかの芭蕉のご縁がありました。
ここで、本夜から「芭蕉の知」を綴ろうと思います。

「松尾芭蕉」については、「価値創造の知・第34夜、第175夜」にも記してきましたが、先ず、自分の「芭蕉への見方」を大きく変えた放送からご紹介します。

それは、NHK「100分de名著 松尾芭蕉」の第1回目で、俳人の「長谷川櫂」さんの解説でした。それを加筆引用します。
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古池や蛙飛こむ水の音

この句はふつう「古池に蛙が飛び込んで水の音がした」と解釈されますが、ほんとうはそういう意味の句ではありません。

古池の誕生のいきさつを門弟の支考が「葛(くず)の松原」に書き残しています。
それによると本来この句は上中下が一度に出来たのではなく中下が先に出来たと言うのである。

つまり先に「蛙飛びこむ水の音」ができ、さあ、上の五文字を何としたらよいかと暫し思案があって、その場に居た弟子の其角が「山吹や」としたらどうですか、というのを芭蕉は敢えて「古池や」と書いたとか。
この句の完成が、芭風開眼と言って芭蕉が旧風を脱して自らの句風に目覚めた瞬間だと言います。

つまり、古池の句は現実の音(蛙飛びこむ水の音)をきっかけにして心の世界が(古池)が開けたという句なのです。
つまり、現実と心の世界という次元の異なる合わさった『現実+心』の句であるということになります。
この異次元のものが一句に同居していることが、芭蕉の句に躍動感をもたらすことになります。

それは、それまでの言葉遊びにすぎなかった、貞門俳諧や談林俳諧の停滞を脱して、心の世界を打ち開いた句であった。
それまでだったら、蛙は鳴くものであり、取り合わせは古池ではなく山吹だった。
現に芭蕉が「蛙飛こむ水の音」という中七下五を得たとき、傍らにいた其角は「山吹をかぶせたらどうか」と意見を言って芭蕉に却下される。
山吹といふ五文字は風流にしてはなやかなれど、古池といふ五文字は質素にして実(じつ)也。実は古今の貫道なれば、と。
「虚に居て実にあそぶ」が芭蕉の風雅だ。
俳諧が古代から心の文学であった和歌に肩を並べた、俳句という文学にとっての大事件だったと、長谷川は書いています。

心の世界を開くことによって主題を変遷させ、音域を広げ、調べを深めていく。
そして数年後、芭蕉は「古池や」の流れに繋がる句を作りたくて「みちのく」を旅する。即ち「奥の細道」である。
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上記は、第33夜、第40夜に綴った禅の思想であり、価値創造の柱である「二つでありながら一つ」そのものです。
『現実+心』が「二つでありながら一つ」であること。
それが、『蕉風開眼の句』となりました。

それを理解すると、「奥の細道」の芭蕉の句が生き生きとして見えてきました。
それは、ちょうど『枯山水』の世界とダブっています。

受け手側が主人公となって『余白』を任せられるのですね。

違う視点からは、「俳句」も「枯山水」も引いて引いて立ち現れる世界でもありました。
それは、「価値創造の知・第一法則」であります。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
芭蕉