橋本元司の「価値創造の知」第351夜:「サスティナブル」の一歩先を行く「リジェネラティブ」へ

2025年3月14日: 「リジェネレーション 再生」の時代へ

 前夜は、トランプ大統領による「グローバル主義の終焉」が時代の大きな転換点であるという認識から、私たちの「経営戦略」や「人材戦略」の見直しが急務であること、そしてそれに関連する「キャリア形成」や「3つの輪」の進め方・使い方について記しました。
 「グローバル主義の終焉」という問題は、特に「地球視点」や「社会・環境視点」が後退につながることを意味しています。これは、以前のように地球規模での協力や環境への配慮が疎かになることを示唆しています。

 本夜は、「3つの輪(第350夜)」の「すべきこと(Should)」に焦点を当て、「人類の知」をどのように「リジェネレーション・再生」に向けるべきか、つまり「すべての行動と決定の中心に『生命』をおくべきだ」という良識の「心の叫び」を綴りたいと思っています。
 環境や社会の再生を目指し、私たち一人ひとりの行動がどのように地球や人類全体に影響を与えるかを深く考え行動に移す必要があります。

■ 重要なのは「環境を破壊せずに『生計』を立てる方法」

 私たち人類は、他の動物と比べて非常に優れた「知性」を持っています。その知性を活かして、地球という大切な「家」を守る方法を考えなければならない時が来ています。しかし、私たちは現在、地球を破壊し続けているのが現実です。

 経済重視の影響 人類の経済活動が自然環境に大きな負担をかけ、気候変動を引き起こしています。近年では、山火事や洪水、干ばつ、豪雨、豪雪、極地の氷の融解など、自然災害が頻発しています。これらの現象は、私たちが自然界に与えている影響の証拠です。
 
 私たちは地球人の一員として、酸素や水、食べ物、衣服など、すべてを自然界から得ています。その自然のバランスが崩れつつあり、今や危機的な状況に直面しています。科学者たちは以前から警告を発しており、今その警告が現実となっています。

◎環境破壊の例
・アメリカでは、トランプ前大統領が「パリ協定」から離脱し、石油の採掘を奨励しました。これは地球環境への大きな負担となります。
 このことで私たちは逆説的に、「地球環境視点から、自然系・生態系破壊の解決」に主体的に取り組まねばならない切実さ、必要性を感じたのではないでしょうか。
・アジアでは、熱帯雨林が大規模に伐採されています。特に、安価で質の良い植物油(パーム油)を得るために、大規模な農園が開発され、森林が壊されています。私たち日本人も、年間約5キロのパーム油を消費しており、日常生活に深く関わっています。
・多くの国々では、生きるために農地を使い果たし、木材を伐採して燃料を得るなど、環境を破壊する方法に頼らざるを得ない状況があります。

 しかし新たな希望があります。 それはコロナ禍の中で経済活動が地球規模でストップしたことで、空気や海がきれいになったことを私たちは目の当たりにしたこのことから、私たち自身の欲望を縮めて、環境を守りながらも経済活動を行う方法があるのではないかという反省と希望が見えてきました。

 私たちは、環境を破壊せずに「生計を立てる」という両立の方法(第348夜)を見つけなければなりません。今後の社会では、経済活動と環境保護を両立させる方法(技術・教育・マインドセット)が必要不可欠という声が高まることが洞察できます。


■ 「3つのエコロジー」(心の叫び)

 「すべての行動と決定の中心に『生命』をおくべきだ」という良識の「心の叫び」として、「心のエコロジー」について綴ります。
 1991年、前職(パイオニア社)36歳の時に、エンジニアリング職(設計・技術企画)から目黒本社に異動して、プランニング職(情報企画・開発企画)の入り口にいました。
 従来のオーディオ事業は、1989年をピークにして衰退期に入り、ハードウェアを主体にしていた事業は行き詰まりを見せていました。その中で立ち上げられた全社「オーディオ活性化プロジェクト」に入った自分は、「未来を構想する」「自社のミッション再構築」の手がかりを探索していました。

 ふと、渋谷の本屋(大盛堂)に立ち寄った時に、何かオーラを纏った「三つのエコロジー」(哲学者ガタリが縦横無尽に語った、精神分析・科学・生物学・倫理学・政治そしてエコロジー問題。生前最後のインタビューを収録)という本を手にして感動しました。そのエッセンスを記します。
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・・・のエコロジー運動がいわゆる「環境問題」(自然環境を中心とした)に限定されてきたことに疑問や不満を感じ、それだけでは現代世界の全面的危機に対処しえないとして、「環境のエコロジー」に加うるに、「社会のエコロジー」と「精神(心)のエコロジー」の三位一体理論を提唱する・・・
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 私の理解では、
 「人間は下記3つの世界(エコゾフィー)の中に生きている。
    ①地球環境   :物の公害
    ②人間社会環境 :社会の公害(テロ、離婚等)
    ③心の環境    :ストレス
これを別々に切り離すのではなく、三位一体で直視して展開すること」

 多くの業界は、物の公害という領域のエコロジーばかりに目を向けていましたが、パイオニアという製造業の会社は「音(サウンド)や光(ビジュアル)」を心の領域(=心のエコロジー)で、ハートウェアとハードウェアを新結合して未来展開できるのでは?という仮説を立てました。
 もともと、「サウンド&ビジュアルの本質」は、心の領域(幸福な気持ち、創造的な生活等)で人々に役立っていることにあるのですから。

 そして経営会議では、 「パイオニアは、音・ビジュアル・情報の可能性を究めて、人々の『ココロのエコロジー』の領域に貢献する企業として進化する」を提案し、具体例と共にプレゼンテーションしました。
 それが結果として、3年後の連続ヒット商品(ピュアモルトスピーカー:第35夜、第318夜等)と会社初の「エコプロダクツ展」への出品を通じて、数多くの「エコロジー大賞」をいただく結果につながりました。

 「心のエコロジー」という強い認識・情熱(第322夜)が、地球環境や社会環境に三位一体として影響を及ぼすという実例です。
 当時の「エコロジー啓蒙・啓発」が、大きな迅速な流れになることを願っていましたが、産業界が、「本業とエコロジー」を両立して、「経済・社会・環境」に影響を与えるその速度は遅いものでした。
 そこに登場してきたのが、2015年の「SDGs」(17の目標)でしたが、想定した効果を生み出すことができていないことが残念です。

■ 「グリーンとデジタル」(第346夜)

 2020年10月に、菅・元首相の所信演説で、下記GX、DXがこれからの日本の成長の柱であると表明して、莫大なお金が継続的に注ぎ込まれることになりました。
・SX(SDGs): サステナブル・トランスフォーメーション(=気候変動、人権等、17の社会的課題)
・GX:グリーントランスフォーメーション(カーボンニュートラル等)
・DX:デジタルトランスフォーメーション
上記の後戻りしない変化であるトランスフォーメーション(SX.GX.DX)を、どう本業と「2+1」(第312~314夜)させるのかが重要になりました。

 それを受けて、2021年8月に「きらぼし社長塾・第4回」セミナーのメインテーマは「グリーンとデジタル:~2つの変革を自社のチャンスに変える方法と勘所~」で講演しました。

その中で、「グリーンとデジタル」の各進化ステップをまとめたのが下記図です。
その「SX1→SX2→SX3」の「SX-3」が『リジェネラティブ』です。

この「SX」と「DX]の両ステップはとても重要なのですが、その進化を「理解」(しる→わかる→かわる:第307夜、SDGs経営塾・第10回)した会社は、迅速に次の成長に進んでおられます。
「SX-3:リジェネラティブ」については後述します。

■ 「産業システム」の問題とチャンス

 2022年4月 山と渓谷社から、「リジェネレーション-再生」(ポール・ホーケン編著)が上梓されました。
参考に、その中の「産業-Industry」の冒頭を加筆引用します。
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 すべての産業はシステムです。
産業には、エネルギー・食糧・医薬品・輸送・健康・金融・衣料等、いろいろありますが、すべての産業システムは搾取的だといえます。
なぜなら産業システムは生物界から資源を奪い、害をもたらすからです。その結果、生命は減少します。すなわち、搾取的であるということは環境破壊的でもあるといえます。
 すべての産業システムが、地球温暖化の直接的な原因です。なぜなら、温室効果ガスを排出するだけでなく、土壌や水、海洋、森林、大気、生物多様性、人々、子ども、労働者、文化に害をもたらすからです。
 危害を及ぼす意図は企業にはないでしょう。しかし、再生型(リジェネレーション)になるために企業はまず自らが本質的に環境破壊をもたらす存在であることを認識すべきです。非難しているのではありません。
 これは生物学的な事実であり、莫大なチャンスを示しているのです。・・・
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 「企業はまず自らが本質的に環境破壊をもたらす存在であること」を『心』から認識することが必要なのです。
そして、知恵を使うことで、そこに「莫大なチャンス」(第346夜)があることを、SDGs先行企業は知っていていち早く先取りしているのです。

・SDGs先行企業群 は、「この領域にしか“未来の成長の種がない”」
と確信して取組まれているのです。

■ 「サスティナブル」から「リジェネラティブ」への進化
 このコラムでは、「SDGs(持続可能な開発目標)」に注力してきました。SDGsは、2030年までに達成すべき国際的な目標で、2015年に国連サミットで世界中の首脳たちによって採択されました。SDGsの理念は、地球環境や社会環境が崩れると経済が成り立たなくなるという考え方に基づいています。そのため、「経済・社会・環境」(第340夜、第342夜)の3つをバランスよく推進することが必要です。

 現在、2030年の目標達成まで残り5年ですが、状況は改善されているのでしょうか?
私自身も、2018年から企業や自治体、学校などでSDGsセミナーやワークショップを実施したり、ご支援をしてきました。しかし、近年の自然災害(山火事や洪水、干ばつ、豪雨、豪雪、氷の融解)や戦争、テロなど、更に、地球環境不安、社会不安が増しているのが現実です。

 そこで、次のステップとして、より進化したアプローチが求められています。それが、「サスティナブル(持続可能)」から「リジェネラティブ(再生)」へのシフトです。
それは、「再生的」「繰り返し生み出す」という意味を持った言葉で、再生を促し、やればやるほど世界が良くなるという考え方を指します。
つまり、これから世界は「サスティナブル」 から「リジェネラティブ」への進化に重心を移さねばならない切羽詰まった時代であると『心』から認識することです。

「サスティナブル」と「リジェネラティブ」の二つを整理すると、
・サスティナブル(持続可能): 「問題の悪化を防ぐこと」に重点を置き、現状を維持することが目的です。
・リジェネラティブ(再生): 「問題の悪化を防ぎつつ、環境を再生させること」を目指します。

 つまり、「サスティナブル」は環境がこれ以上悪くならないように保つことですが、「リジェネラティブ」は、地球環境を再生しながら、生態系全体を繁栄させてより良い状態(Well-being:SDGs経営塾・第7回)に変えるという一段上の「バージョンアップ」を目指すことになります。

■ 「価値創造」と「リジェネラティブ」

「価値創造」については、以前のコラム(第75夜、第175夜、SDGs経営塾・第5回など)で詳しく書いてきました。そして、「価値創造」は私が運営する「新価値創造研究所」の最も重要なキーワードでもあります。

新価値創造研究所の定義:
・『価値』とは、「人に役立つかどうか」というコト
・『創造』とは、「未来を先取りする」というコト
つまり、「価値創造」とは、「人々に役立つことを先取りして実行すること」と言えます。

 「リジェネラティブ」は、「すべての行動と決定の中心に生命を置くべきだ」という考えです。
それは単なる環境問題を超え、私たちの「命」に関わる大きな問題であり、それへの取組み・解決は、まさに「価値創造」の定義と一致しています。
 2015年に「SDGs」が承認されたときから、「価値創造」と「SDGs」はコインの裏表だと思って、それをミッションにして活動してきました。
更にその先を行く「リジェネラティブ」への取組みも、新価値創造研究所の使命であると思っています。

・未来は外からやってくる。そして、内からあふれだす。

 「サスティナブル」から「リジェネラティブ」へのシフト(変革)が求められている中で、もし立ち止まっていたら、国家のイノベーション力は自動的に落ちていくのは当然です。時代が求める「革新性・先行性・目的性」に対して努力も何もしないことが、世界のイノベーションランキングの中で日本が圧倒的に遅れた大きな要素ではないでしょうか。(第303夜)

「リジェネラティブ」の考え方はすでに広まり始めており、私は2021年のSDGsセミナーで「リジェネラティブ」(図解)の位置づけと重要性をお伝えしてきました。
ぜひ、企業や自治体、学校などで「リジェネラティブ」を先取りし、挑戦して成長し続けてください。

■参考書籍の紹介
2022年4月に「リジェネレーション・気候危機を今の世代で終わらせる」(ポール・ホーケン編著)が出版されました。この本には、土地や森林、海洋、人権、都市、発電、産業など、さまざまな分野に関するヒントや事例が満載です。「リジェネラティブ」に関心がある方は、ぜひ読んでみてください。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ