橋本元司の「価値創造の知」第369夜:価値創造の『らせんプロセス体系図』

2025年12月21日: 弘法大師空海『両界曼荼羅』と『らせんプロセス体系図』の共通項 

 前夜は、前職パイオニアでの様々な開発や、現在の新価値創造研究所の伴走支援の双方の実務・実践経験から導き出した「価値創造のらせんプロセス体系」について説明しました。
 そこでは、
「切実→逸脱→別様」(価値が生まれる外的なプロセス)
「気立て→見立て→仕立て」(人間の内面から駆動する内的な力)
 価値創造は、単なるアイデア発想やフレームワークの活用だけでは不十分であり、「心(熱意・決意)」と「智慧(方法)」を一体化、統合化させた「らせん的プロセス」を辿ることで真の価値創造(イノベーション)が立ち上がるコト。

 そして後半では、
 「価値創造の極意」として、西洋的な二者択一(AかBか)ではなく、下記の事例のように、一見相反する要素を対立させず、深く結びつける東洋的な「二つでありながら一つ」という統合の知恵現代のビジネスやイノベーションに活用する時代であることを提示しました。

社会性と経済性の両立: SDGsのように、「社会課題の解決(LOVE)と事業の実行力(POWER)」を同時に成り立たせること。
違いと共感: ビジネスの本丸は「他と違うこと(差別化)」と「共感を得ること」を高く結合させることにある。
暗黙知と形式知: 個人の経験(暗黙知)を組織の知識(形式知)へと変換し、相互に作用させること。
 をお伝えしてきました。
 本夜は、第367~368夜が土台となって、「イノベーションの極意・奥義」を弘法大師空海の「両界曼荼羅」を通してご案内します。

■ 価値創造の「らせんプロセス体系図」
 上記のつながりを統合して、価値創造の奥義を「一目でわかる」ようにしたのが下図ですが、2020年頃から増えてきた下記の依頼等でご活用いただいています。
 ・「アントレプレナー/スタートアップ/SDGs」(学生向け)
 ・中堅企業、中小企業(多業種業態)の「第2・第3の創業」(企業向け)
 ・地域幸福度(ウェルビーイング)ファシリテーター(行政・自治体向け:産官学連携) 

 上記「切実の主な要因は、
・「なんとかしたい」
・「なんとかしなければならない」
・「あり続けたい」

・「下請けから脱皮したい」
・「地域がこのままの延長では拙い」
・「AIデジタルを取り込みたい」

・「SDGsを取り込みたい」
・Others
 にあります。

 あらためて、令和のビジネス環境では、「立つ・自立する・立ち上げる」 という動詞が、これまで以上に経営事業創発のコア技術になります。事業が立ち上がる、組織を立て直す、人財が自立する──これらはすべて、価値創造のプロセスをどう設計できるかにかかっています。
 価値創造とは「切実のトリガーが逸脱を呼び、智慧の編集が別様の価値を構築する」という、一種の“立ち上げ工学”です。

 さて、「起業、創業、新事業」というと、多くの人は
「アイデア → ビジネスプラン → 成功」
という一直線の流れを想像します。そして、その様な「現場を巻き込んだワークショップ」が多いことも事実ですが失敗することが大多数です。

 実際のスタートアップや創業、新事業は「一直線の流れ」のようにそう簡単に進展しません。
「行ったり来たり、迷い、戻り、やり直し」ながら前に進みます。
⇒ 「心」は「物語」になり、「ちがい」は「洗練」され、「かたち」は革新して、循環していきます。
その様な経験を、前職パイオニア社や現職(新価値創造研究所)の伴奏支援(学生・企業・自治体等)でも数多くしてきました。

・上記の現場で培った様々な実践の「心得と方法」
・そして、松岡正剛・谷口正和両師匠から指南された「心得と方法」の継承
 の双方を統合した「実践と理論」両輪を一枚で表したのが、この“らせんプロセス”の奥義であり結晶です。
(「らせんプロセス」各ステージの詳細は、第367~368夜に綴っています)

「らせんプロセス体系図」の重要なポイントは、
・本気で向き合う切実(気立て)
・常識を疑う 逸脱(見立て)
・別流を小さく試す 別様(仕立て)
それを何度も回し続ける覚悟です。
この図は、「成功する方法」ではなく、「成長し続けるための羅針盤」を示しています

 つまり、「価値創造」とは単なるアイデア創出ではなく、立ち上げ(気立て・見立て・仕立て)”の連続編集であり、心の反応から組織の実装、市場展開を貫く「価値創造ビジネス・アーキテクチャ」です。
参考:「ビジネス・アーキテクチャ」とは、企業の事業戦略や目的を実現するため、ビジネスの全体構造(業務、プロセス、組織、情報、IT、生成AIなど)を可視化し、設計・最適化する考え方や手法

 実際の「らせんプロセス体系」の研修・セミナー・伴走支援では、「1.切実、2.逸脱、3.別様」の各ステージ、ステップ毎に、参加者への「解説・問い・対話・気づき」に時間をかけて、順を追って積み重ねて、「価値創造/イノベーション」の真髄を体得していただいています。

■ 新価値創造研究所「らせんプロセス体系」と弘法大師空海の「両界曼荼羅」
 ここからは上記を踏まえて、
・新価値創造研究所の「価値創造『らせんプロセス体系』」と、
・弘法大師空海の「両界曼荼羅(胎蔵界曼荼羅・金剛界曼荼羅)」

 との間に、モノゴトの捉え方や創造のプロセスにおいて深い共通項があり、「両界曼荼羅」に触れることで自分の中に、大きなる響き・感動と飛躍がありました。

■ 弘法大師空海の「両界曼荼羅」
 ⇒両界曼荼羅とは何でしょうか?(前提の整理)
両界曼荼羅の基本構造
 空海の真言密教における両界曼荼羅は、

  • 胎蔵界曼荼羅
     → 原理・可能性・生成・慈悲内面世界
  • 金剛界曼荼羅
     → 構造・知・実践・智慧外化された働き
    この二つの世界を分けつつ、同時に不可分なものとして捉える宇宙観です。

重要なのは、「真理は一つだが、見る次元・働かせる次元が異なる」 という点です。
つまり「両界曼荼羅の本質」は、同じ世界を異なる次元で表現したもので、胎蔵界と金剛界は上下関係ではありません。(「二つでありながら一つ」です

 これって、上図「らせんプロセス体系」の構造と全く同じなので、出逢った時に驚きでした。
胎蔵界曼荼羅:「気立て→見立て→仕立て」(=人間の内側から駆動する内的な力)
金剛界曼荼羅:「切実→逸脱→別様」(=価値が生まれる外的プロセス)

 この「両界曼荼羅」に触れた時に、新価値創造研究所の価値創造「らせんプロセス体系」に間違いがないことを確信しました。また、空海への関心が更に強くなりました。
 ということは、「空海」の「哲学・洞察・理念・信念・行動・実践(生き様)」等を見れば、きっと現代にも生かせると確信しました。温故知新(第364~366夜詳細)です。

 特筆されるのは、弘法大師空海が日本が誇る「イノベーター(=価値創造者)」であったことです。空海は「目に見えない意味を、構造として可視化し、現実世界で機能させる知のあり方」をビジュアル化し、展開し、実践して広めたことです。

 イノベーションとは「胎蔵界で生まれ、金剛界で実装され、再び胎蔵界を更新する循環」です。この循環が止まると、改善止まりか、空理空論になります。

■ 両界曼荼羅をイノベーション構造に翻訳する
 まず対応関係を明確にします。

両界曼荼羅イノベーション領域具体例
胎蔵界意味・問い・可能性Why / 世界観 / 未言語ニーズ
金剛界智慧・構造・技術・実装How / ビジネスモデル / 技術

 つまり、「イノベーションは常に胎蔵界から始まる」ということを教えてくれます。
それは、下図「3つの知」が下記「深い知」(第364夜)から始まることと同じです。

◆ 胎蔵界イノベーション:最初にやるべきことは?
胎蔵界で問うべき問い
 イノベーション初期に必要なのはアイデアではなく「問い」です。
例:

  • この事業は「何の苦」を減らそうとしているのか
  • 顧客は何にまだ名前を付けられていないか
  • 社会の前提はどこでズレ始めているか

これは空海のいう「衆生の内に仏性がある」という見方と同じです。
⇒価値は外に探しに行くものではなく、内在している未顕在の可能性を洞察することです。
⇒参考:『深い知』 : 事業の再定義やミッション(使命)の創出につながる「大切にすることは何か」という問いに関する知。(第364夜、第367夜)

◆ 金剛界イノベーション:「意味」(meaning)を壊さずに形にする(第85夜、第364夜)
・胎蔵界で見出した「意味」を、次に壊さずに構造化します。
ここでの金剛界の役割は:

  • 技術選定
  • ビジネスモデル設計
  • 組織・プロセス設計

⇒重要なのは、金剛界は「意味に従属」するという関係性です。
空海においても、

  • 「金剛界の智慧」は、胎蔵界の慈悲・生成を実現するための力

◆ 真のイノベーションは「往復運動」
 ⇒世の中の「多くのフレームワーク」にないのが、ここです。

両界往復モデル

  1. 胎蔵界:問い・意味・世界観を掘る(⇒深い知@3つの知)
  2. 金剛界:構造・プロトタイプを作る(⇒高い知・広い知@3つの知)
  3. 現実にぶつかる
  4. 胎蔵界へ戻る:問いを更新する
  5. 再び金剛界へ

    ⇒ 上記1.2.で、上記「3つの知」(第364夜)の奥義とつながります。
    ⇒ 「らせんプロセス体系」と「両界曼荼羅」同じ構造でつながっています。

◆ 両界が分断されたときの症状は?

状態組織で起きること
胎蔵界だけ理想論・理念倒れ
金剛界だけ改善・模倣・価格競争
両界往復本質的イノベーション

⇒ 日本の産業界で多いのが、金剛界だけによる「改善・模倣・価格競争」です。その多くは、顕在化しているオペレーションに時間をかけて、胎蔵界の「意味・問い・可能性」を突き詰めていないことが原因です。
「両界往復」「本質的イノベーション」につながります。

◆ 両界曼荼羅を使った実践フレーム
 ここで、新価値創造研究所の「価値創造」フレームワークの一部を紹介します。
下図は、「3つの知」(第364夜)の中の「深い知」のステージです。
特に「旭山動物園のフレームワーク」が参加者の多くの理解が深まる演習になっています。
下図を見ていただくと、この「価値創造の構造」と上記「両界曼荼羅」は同じであることがおわかりいただけると思います。この「おおもと=胎蔵界」を探求・究明して往還することがポイントです。
 この構造に至ったのは、前職パイオニア社のヒット商品緊急開発プロジェクトを推進する中で、禅・瞑想の実践(第6夜、第289夜)をして、「理論と実践」を両立できたことが関係していると思います。

参考: 瞑想・座禅は、思考や思い込みによって切れていると思っているいろいろなものとのつながりを、もう一回本当は繋がっていたんだと気づくためのツールです。
座禅は、小さくなった心を取り戻すオリジナルな自分を取り戻すための型です。
瞑想とは、あなたの本来があなたに再びつながること(=Reconnect)です。

 興味・関心がある方は、是非、本コラム第364夜をご覧ください。

■ ワーク例

それでは、ワークとして使う一例を提示します。
Step 1(胎蔵界)

  • この事業が「救おうとしている苦」は何か?
  • それは言葉になっているか?

Step 2(金剛界)

  • その苦は、「どの構造で解消」できるか?
  • 技術・制度・体験の設計は?

Step 3(往復)

  • 実装して「ズレた感覚」はどこか?
  • 問い自体を更新できているか?

◆ 一言でまとめると

イノベーションとは、
・胎蔵界(意味)を忘れず、
・金剛界(構造)に閉じこもらず、
・その往復を続ける「知の修行」である。

空海の両界曼荼羅を「イノベーションの原型構造」 と確信してお伝えしていきます。

■ 「両界曼荼羅」の現代展開版が「らせんプロセス体系」!
 新価値創造研究所は、「両界曼荼羅」を現代に具現化展開しているのが、価値創造の「らせんプロセス体系」及び、「らせんプロセス体系図」とご縁を感じると共に、確信しています。
 是非、この「両界曼荼羅」「らせんプロセス体系」を下記の様に活用されてみてください。
例えば、「生命サステナブル」には、SDGsの17の社会課題があります。「AIデジタル」にもたくさんの課題があります。先ず、身の回りの「小さな課題」から挑戦されてください。
・「らせんプロセス体系」×「生命サステナブル」(第366夜)
・「らせんプロセス体系」×「AIデジタル」(第363夜)
・「らせんプロセス体系」×「日本流コネクタブル」(第362夜)
・「らせんプロセス体系」×「課題:○○○○○」
・「らせんプロセス体系」× Others

■ 『AI空海』の時代へ
 第363夜に「生成AI(AIデジタル」について綴りましたが、下図の様に、生成AIは『AI空海』を目指すことになると直感しました。
 「慈悲・意味」(胎蔵界曼荼羅)と「智慧・構造」(金剛界曼荼羅)を「二つでありながら一つ」として目指し、展開する『AI空海』の宇宙観こそが、私たちが求め、向かう「あてど」「拠り所」になると確信しています。
 その様に、「生成AI」が革新していって欲しいと願っています。

■ 謝意
 この『らせんプロセス体系』の背景には、私を三十年以上にわたり導いてくださった京都出身の二人の師の存在があります。 顧客の心の揺らぎを慈悲の目で見つめ、胎蔵界の如く広義のマーケティングを説かれた谷口正和先生。そして、世界の断片を金剛界の智慧のごとく編集し、知の体系を築き上げられた松岡正剛先生
  お二人から授かった『心の機微』と『知の極意』が、私の中で響き合い、今ようやくこの図解という一蓮(いちれん)の形となりました。 お二人が遺された光を、私はこのらせんの循環の中に灯し続け、次なる「価値創造の道」を歩む方々へと繋いでいくことを、ここに深く誓い、感謝を捧げます。
 
 永眠された二人の師匠との出逢いとご指南には、感動・感激・感謝しかありません。
コラム第308夜に綴りましたが、
「終わりと始まりはつながっている」
それを実践していきます。

価値創造から「事業創生・地域創生・人財創生」へ