2024年12月9日 『守破離』: 伝統と革新
2011年9月24~25日の未詳俱楽部で滋賀・京都を訪れました。
そこでは、とびっきりのゲスト「第15代・樂吉左衛門」さんが出迎えてくれました。
そして、
・比叡山延暦寺、坂本、琵琶湖を巡りながら、
・佐川美術館 樂吉左衞門館
十五代吉左衞門・樂直入の主に2000年以降に制作された茶碗などを展示。水庭に埋設された地下展示室、水面に浮かぶように建設された茶室は吉左衞門自身による設計創案です。
・京都市上京区 樂吉左衛門家
・隣接する樂美術館
・樂家近くの「千家」の茶室へ
の格別・別格の時空間を次々に体感させていただきました。
その遊行から、『価値創造の知』として本夜にお伝えしたいことは下記二つです。
■ 「守破離」
■ 「侘・寂・遊」(ワビ・サビ・スサビ)
という日本流の真髄です。
それでは、「樂茶碗と樂家」について、樂焼創成「樂ってなんだろう」を中心に加筆引用します。

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・・・長次郎の活躍した桃山時代は、茶の湯の全盛期。長次郎茶碗が世の人を驚かせ脚光を浴びたのは、当時の茶の湯をリードする茶の湯者千利休(1522-91)との密接な結ぶ付きによる。千利休の侘茶にかなう茶碗を初代長次郎が生み出したのが樂家の興り。いまでこそ、その黒茶碗・赤茶碗は茶の湯の代名詞的な存在でもあるが、利休と長次郎によって生み出された当時は、これまでにない斬新な茶碗として人々を驚かせ、“今焼茶碗”と呼ばれたほどだった。

豊臣秀吉の「聚樂第(じゅらくだい)」近くに居を構えていたことなどから後に「聚樂焼き茶碗」、やがて「樂焼」「樂焼茶碗」と称される。ろくろを使わない「手捏ね」、篦削りの工程を経て、樂家独特の内窯(うちがま)で焼成。吸水・保水性に優れ、やわらかく温かみのある質感が特長。
楽家玄関には本阿弥光悦筆と伝えられる「樂焼 御ちゃわん屋」なる暖簾がかけられている。
樂焼きはまさに御「茶碗屋」からはじまった。
長次郎はなにを真似るでもなく、つくり方も焼き方も全く新しい茶碗を創造した。2代も3代もその精神性のみを軸にしてオリジナルのものを生み出したことで、樂家の方向性が決まった。
樂家の技巧・匠は、模倣するのではなく、伝統を継承しながら、時代の空気の中で歴代がそれぞれの新たな茶碗を築き上げること。そのベースには、一子相伝で受け継がれる樂家の伝統は“教えないこと”という独自のしきたりがある。・・・
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「樂吉左衛門家」で、第15代・楽さんの「想い、歴史、世界観等」に直に接したあとに、隣接の「樂美術館」の作品を見ると、自分の視点・視座が大きく変わって、各作品の中に自分の意識が深く入り込んでいく感覚を味わいました。それは言葉では言い表せないものでした。

■ 「守破離」
さて、「佐川美術館 樂吉左衛門館」のコンセプトは「守破離(しゅはり)」です。
「守破離」の思想は、仏道の根本にも、それをとりこんで日本的な様式行為をつくった禅にも茶にも、また武芸にも、開花結実していきました。(第5夜)
「守破離」について「松岡正剛の千夜千冊」1252夜から引用します。(是非ご覧ください)
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・・・『守破離』とは、「守って破って離れる」のではない。
守破離は、
・「守」って型に着き、
・「破」って型へ出て、
・「離」れて型を生む。
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上記の背景で、第15代・樂吉左衛門は、一子相伝で「樂吉左衛門」を受け継がれました。
そこで求められるのは、伝統を「守」るという「切実」を背負いながら、、そこを「破」って「逸脱」して、そこから「離」れて新しい型「別様」を生む。
その思想、本筋を、樂吉左衛門の「自らの生き様」にされてきたのだと様々な「作品」や「説明」から洞察しました。

そして、「伝統」とは「形・型」のことです。
■「守破離」のビジネス展開:「2+1」
それでは、「守破離」の思想を「成長経営」に展開します。
新価値創造研究所のオリジナル図解ですが、それを多くの『場』でお伝えしてきました。
最新では、京都銀行定例講演会「企業成長を牽引するSDGs経営」(本年9月19日)です。
『守』 ⇒『破』 ⇒『離』
『切実』⇒『逸脱』⇒『別様』
ホップ ⇒ステッップ⇒ジャンプ

これが、『価値創造』の「真髄」であり「本筋」です。
まさに、第15代・樂吉左衛門はそれを実行・実践されて、私たちに大きな影響を与えてくださいました。
さて、どこのセミナーやご支援の『場』でも『守破離と実経営』のつながりがすぐにはイメージできないのですが、
さまざまな業種・地域の[守破離・「2+1」]の成長例・成功例をスライドで見ていただくことで、自社・自地域に置き換えていただいています。
是非、置換して、「逸脱」「別様」に挑戦してください。
(これから以降の、「価値創造の知」のどこかでその一部をお伝えしていきます)
その前に「切実」があります。この「切実」がないと、なかなか「ステップ・ジャンプ」まで届かないことをこれまで経験しています。
■ 「侘・寂・遊」(ワビ・サビ・スサビ)
佐川美術館 樂吉左衞門館に展示されていたのが、「遊・寂・侘」です。
千利休の「侘茶」にかなう茶碗を初代長次郎が生み出したのが樂家の興りであり、そこの中心に『侘』がありました。

『わび・さび』とは何なのでしょうか。
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そもそも「わび」「さび」とは「侘しい」「寂しい」ということです。
しかも「侘び」には「詫びる」という感覚が含まれています。お詫びするとかお詫びを入れるという、あの詫びです。
それはどういうことかというと、
ある日、大事なお客さんとか心を通わせてる友がふらりとやってきたとします。
むろん、久々の客だからおいしいお茶を入れたい、料理も出したいと思います。
でも手元にあるものは何も自慢するものでもない。
で、「こんなものでございますけれども」と言って詫びて、間に合わせのものを出す。
これがそもそもの「詫びる」「詫ぶ」の感覚なんですね。・・・
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第326夜に綴った「負の美学」・「引き算の魅力」・「禅の感覚」と同じですね。
日本人の美意識です。
「完全の美」ではなくて、引いて引いていくことで大事な何かが見えてくる「不完全の美」です。

■「遊(スサブ)」
「侘・寂」に並ぶ「遊(スサビ)」に関心がありました。
松岡師匠が「スサビ」と「サビ」について、「日本文学の核心」松岡正剛著から引用します。
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・・・「すさぶ」は感じで綴れば、「荒ぶ」です。
・・一方、この「すさぶ」は「遊ぶ」と綴ってもスサブと読みました。
もともとの「すさぶ」は、「荒ぶる」「荒れる」「壊れる」といった行為を示す自動詞でしたが、日本人はこの言葉に「遊ぶ」という字も当てたのです。
こうして、「すさぶ」と「あそぶ」は重なり、『何か別のことに夢中になること』がスサビとして認識されました。
・・・「さび」は実はスサビから出た言葉です。「スサビ→サビ」です。
サビは、「寂び」と綴ります。この「寂び」はスサビの状態をあらわしている言葉で、「何か別のものに夢中になっていること」で、
きっとそこには「夢中になるほどの趣きがあるのだろうな」と思わせる風情を示す言葉です。・・・
・・・これが「数寄」につながっていきます。・・・
(私が好きな「数寄」については、「価値創造の知」のどこかの夜に綴ります)

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■本夜のまとめ
・『守破離』が「価値創造」・「成長経営」の本筋である。
・「侘・寂・遊」(ワビ・サビ・スサビ)が『別様』を生み出す
「守破離」・「侘・寂・遊」の格別・別格の探求者、実践者が目の前にいることに感動・感謝しました。
それまで私は、ヒット商品づくりや新事業開発を夢中でやっていましたが、「15代樂吉左衛門」にお会いした2011年から、
「侘・寂・遊」・「守破離・2+1」をしっかり体系化して、「事業創生・地域創生・人財創生」に向かうようになりました。
そして、それが「新価値創造研究所」創設の「心得と方法」・「体系化」に繋がりました。
感謝しかありません。
価値創造から「事業創生・地域創生・人財創生」へ









































