橋本元司の「価値創造の知・第181夜」:「世阿弥の知・風姿花伝」②

2018年11月15日 風姿花伝の「花」とは、「価値」のことである。

2014年新春に、NHKの「100分de名著」という番組で「世阿弥 風姿花伝」が放送されました。
そこでの土屋惠一郎さんの解説が、現代の問題や「イノベーション&マーケティング」に参考となるとても刺激的な内容でした。
それは、前職・パイオニア社での革新活動ともマッチングするものであり、現職のコンサルティングにも活用できるものでした。
放送の一部を加筆引用します。

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・・・
ドラッカーはその代表作『マネジメント』の中で、イノベーションとは
・「物事の新しい切り口や活用法を創造することだ」
と語っています。

・・・
一方世阿弥は、
・「人々を感動させる仕組みとして新しいものや珍しいものこそ花である」、
すなわち「珍しきが花」
ということを語っています。
これは文字通り、「珍しいものに人は感動する」ということです。

この「珍しきが花」が腑に落ちた時、そうか、これこそがドラッカーの語るイノベーション理論なのではないかと気づいたのです。
・・・

世阿弥の言葉は、現代の競争社会を生きる私たちにとっても有効なメッセージを伝えてくれる。私はそう感じています。
世阿弥が生きた室町時代も、のちに戦国時代へと突入する不安定な時代でした。能を取り巻く環境も、安定した秩序を重んじるものから「人気」という不安定なものに左右される競争に移っていった時代です。

そのような時代を生きた世阿弥の言葉は、同じように不安定な現代を生きる私たちにたくさんのヒントをくれます。
しかも、世阿弥の言葉は驚くほどわかりやすいのです。注釈や現代語訳がなくとも、大意はそのままつかむことができます。

・・・

『風姿花伝』は、世阿弥が父から受け継いだ能の奥義を、子孫に伝えるために書いたものです。
それは、能役者にとってのみ役立つ演技論や、視野の狭い芸術論にとどまってはいません。世阿弥は、能を語る時に世界を一つのマーケットとしてとらえ、その中でどう振る舞い、どう勝って生き残るかを語っています。つまり、『風姿花伝』は、芸術という市場をどう勝ち抜いていくかを記した戦略論でもあるのです。
そこには、イノベーションとマーケティング心得と方法のヒントがいっぱい詰まっています。

さて、この「価値創造の知」連載で綴ってきましたように、

「工業・情業時代→脳業(AI)・興業時代(第109夜、第169夜)」

へとパラダイム(枠組み)が大きく変わる不安定な時代を私たちは生きています。
是非、多くの方達に「能&世阿弥」を体感して欲しいと想っています。

そして前夜にも記しましたが、自分の解釈では、『風姿花伝』の『花』とは、「価値、及び、価値創造」のことを指している、と云い切ります。
その切り口で読み解くと、「世阿弥」が「風姿花伝」が頭と心身に入ってつながって現代に甦ってきます。
さてさて、世阿弥は「能」にとってもっとも大切なものを「花」という言葉で象徴しました。
「花と、面白きと、めづらしきと、これ三つは同じ心なり」

・秘すれば花(価値)
・珍しきが花(価値)
・新しきが花(価値)

謡、踊り、囃子、装束、物語、舞台のどこかしこに「花(華)」が見え隠れしています。
もし、可能であれば、幽玄の能舞台で世阿弥と対話してみたい。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
世阿弥2

橋本元司の「価値創造の知・第180夜」:「世阿弥の知」①

2018年11月14日 能と価値創造

世阿弥は、室町時代に『能』を大成した人物として知られています。
『風姿花伝』は有名ですが、その「花」とは「価値創造」のことを云っています。
本夜から、世阿弥の知を「能と価値創造」の関係で綴っていきます。

『能』と自分との本格的出逢いは、松岡正剛師匠主宰の「未詳倶楽部」にありました。
・1回目は、大倉 正之助(おおくら しょうのすけ)さん
・2回目は、安田登(やすだ のぼる)さん(下掛宝生流ワキ方能楽師)

2000年、未詳倶楽部の特別ゲストが、囃子大倉流大鼓方能楽師の人間国宝・大倉 正之助(おおくら しょうのすけ)さんという大鼓(おおつづみ)打ち手の達人でした。
初日の深夜の空間では、自分から2メートルの至近距離から、大倉さんのソロの大鼓(おおつづみ)が響きました。その「幽玄」を身をもって堪能しました。
2日目は、大鼓(おおつづみ)を素手で打たせてもらうという体験もしました。「響打」の奥義がほんの少し体感できたように想いました。

その興奮を持って、2000年8月8日、大倉さんと松岡正剛師匠がプロデュースする「五番能」(五番立)と呼ばれる本格的な形式での能公演(宝生能楽堂)に行きました。

「翁附五流五番能」に寄せた松岡正剛師匠のテキストを引用します。
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「観能から官能へ~こんな一部始終を見てみたかった」松岡正剛(編集工学研究所所長)

いまどき五番能が見られるだけでも珍しい。
それが五流が揃い、さらに「翁」が付いている。
神事から始まって、しだいに修羅へ、切に突き進む。
異例中の異例な出来事だといってよい。
その翁附五流五番能を、一度も演能祭事のどこにもかかわったこともない私が、なんとも提供する側になるとはおもわなかった。

すべては大倉正之助の六輪一露なのである。
いやいや二輪双輪のエネルギーが飛び散ったせいである。
細部に関してはまことに面食らうばかりであるが、ただただ大倉正之助の邁進の企画に呼応して、拍子を合わせた。
はからずも打ち合わせたというしかない。
なにしろたった一人で大鼓を打ち続けようというのだから、これは放っておけぬのである。
しかし、一介の囃子方にすぎない大倉正之助の魂が実現させたこの五流五番能は、前代未聞の試みでありながらも、実は能を初めて見るような人々にこそ開かれている。
私としては、これを機会に能狂言の持つ意味が一途に見所にいる人々の心を奪っていくことを願ってやまない。
そこには「日本」というもののいっさいの不思議が現前に漂泊しているからだ。

実は能というもの、まことに不合理にできている。
ありていにいえば不便にできている。
たとえば面は、わずかに前方は見えるものの、他の視界を許さない。
その面の動作もテル・クモル・キルなど、ごくわずかな動きに限定されている。
音楽としてとらえてみても、小鼓は湿らせなければいい音が出ないし、大鼓は焙じて乾かす必要がある。
だいいち、アンサンブルとしての基準音は最初の能管の一吹きがあるまでは、決まらない。
こんな音楽は西洋の合理では考えられないことである。
リズムとしての拍子だって、大きなフレーズごとにインとアウトが決まっているものの、あいだはまちまちである。
だからこそ、そこに間というものが躍り出す。
一調二機三声が動き出す。

登場人物も、多くが現在にはいないことによって現在を示すというような、そんな奇妙な設定の中にいる。
そこで、そこには現代哲学こそが主題にしそうな「不在の時間」というものが出現するのだが、ではその時間が舞台をそのまま支配するのかというと、その不在すらもあとかたもなく消えていく。
舞の基本もカマエとハコビだけである。
そんなことでよくも感情が表現できると思うだろうが、けれども、そこにヒラキが加わるだけでも、引きつめた緊張は横超し、悲嘆は爆風をおこすかのようなのだ。
装束もまた、そのようなあまりにも省かれた劇空間と劇時間を暗示するかのように、長絹・舞衣・狩衣・直衣のいずれもが、行方定めぬ風をはらむばかりとなっている。

こうした不合理や不便を象徴しているのが能舞台そのものであり、能なのである。
その不便をわずかなキマリが支えている。
たとえば、橋からやってきた者は橋から去っていく。
これは、かれらが彼方からの去来者であることを訴える。
たとえば五番能の二番目は修羅能というものであるが、これは世阿弥が二曲三体と言った、その老体・女体・軍体のうちの軍体を見せている。
修羅の能は平家物語を背景とした「いくさがたり」がルーツなのである。
もっと単純なことをいえば、だいたい舞台は誰も隠れるところがない。
すべては見所から見通しであって、そこには真の意味での「一部始終」というものがあるばかりなのだ。
しかしそれゆえにこそ、キマリは奥深くなっていく。
いっさいのキマリが見えているようで見えていず、見えないようであらわれてくる。
その僅かな出処進退が、能舞台をおそろしく絢爛とも、幽玄とも、またヴァーチャル・リアルともさせるのである。
そのダイナミックな有為転変は、不合理や不便によって生まれたのであった。
私は、その奇妙な矛盾の解放をこそ見てほしいとおもう。
そこに能狂言が培ってきた乾坤一擲の「存在の告示」があることを見てほしい。
それこそがいま「日本」に欠けているものなのである。

ところで今日の演目には、いずれの物語にも「水」がからんでいる。
この「水」は流れであって、生命の若水であり、そして自然と人知を循環する媒体である。
大倉正之助が八年前に、これらの水を湛えた演目をしたかったという意志をもったことにちなみ、今日の一日を「如水の昼夜」とよぶことにした。

また、今日一日の出来事には、人機が一体となって感応するオートバイの魂のようなものが、そこかしこに象徴化されている。
なぜ能とオートバイが重なったのかということをここで述べている紙数はないが、きっと今日の日が終わるまでには、その人機一体の官能が実は観能でもありうることを、ひたひたと感じられるのではないかとおもう。
私が、早朝の「翁」が始まる前に言えることはねいま、これだけである。
いろいろな「一部始終」を観能し、官能し、堪能していただきたい。

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上記のテキストを見ることだけでも、深み・高み・広みが伝わってきますね。
プロデュースされた『別格の一流』を観能し、官能し、堪能してきました。
そのような直截的・直観的な体験と知が、「価値創造」には肝要です。

さて、「能」舞台の橋の向こう側は、there・彼岸です。
複式夢幻能において、能舞台は、死者と生者が交じり合っている「場」なのです。
舞台の正面には、「松」の絵が描かれていますが、ということは観客席は「海」にいることになります。つまり、私たち観客は、there・彼岸から観ているのです。
そのような「しつらい」を認識して身を置いて「能」に対した時に、目の前の風景・情景が変わってきます。
そこには、「生と死」の狭間の情念と夢と想像が行き交います。

本夜は、世阿弥のことは、まだ記していません。
自分にとっての「能」との切っ掛けから綴りました。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
世阿弥

橋本元司の「価値創造の知・第179夜」:古典「老子の知・陰陽論」③

2018年11月12日 「間(ま)と陰陽」の関係

万物影を負いて陽を抱き、冲気を以て和を為す
(訳:世の中に誕生したものはすべて「陰」と「陽」という矛盾した二つの要素を内包している。それを「どちらを取るか」という二者択一の発想ではなく、こころを空っぽにして「陰陽両方を取る」という心持で、没頭没我の状態で物事に取組むことが大事である。そうすれば矛盾を乗り越えることができる)

老子・第42章では、価値創造の核となる「新結合」(第32夜:イノベーションと価値創造)の極意が著されていました。
それは、即イノベーションに直結します。

それでは「陰陽」を現代の事象でみてみましょう。、
・「ビール」に於いて、「コク」と「キレ」は矛盾します。
・「サービス」に於いて、価格(安さ)と品質(時間)は矛盾します。
・「労働生産性」に於ける、労働時間と生産性は矛盾します。
・・・

相反するモノゴトを新結合することで、新しい価値は創出されます。多くの業界が直面している課題ですね。
自分の会社や地域に置き換えて考えてみてください。

さて、第17夜には、「間(ま)」と「創造」の関係性について記しましたが、同じことを云っています。
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①第17夜:「間(ま)」とは何でしょうか?
・・・
「間」は日本独特の観念です。ただ、古代初期の日本では「ま」には「間」ではなく、「真」の文字が充てられていました。

真理・真言・真剣・真相・・・

その「真」のコンセプトは「二」を意味していて、それも一の次の序数としての二ではなく、一と一が両側から寄ってきてつくりあげる合一としての「二」を象徴していたそうです。
「真」を成立させるもともとの「一」は「片」と呼ばれていてこの片が別の片と組み合わさって「真」になろうとする。「二」である「真」はその内側に2つの「片」を含んでいるのです。

それなら片方と片方を取り出してみたらどうなるか。その取り出した片方と片方を暫定的に置いておいた状態、それこそが「間」なのです。
・・・
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②老子・[第42章]
道生一、一生二、二生三、三生萬物。
萬物負陰而抱陽、冲気以為和。
(道一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。
万物影を負いて陽を抱き、冲気を以て和を為す)

(前半の)最初に出てくる「道」は、天地よりも先に存在する「なにか」であって「無」を指します。それを姿かたちのない存在として認識したのが「一」としての気。
さらにそれが陰陽の二つに分かれて、「二」となり、冲気(陰と陽の気を作用させること)が作用して「三」となり、そこから萬物が生まれてくる。
「無」からすべてが生み出されるというと、なにもないところから生まれるはずがないだろうと思ってしまいますが、老子は「無」というものを、
なにもないのではなく、ありとあらゆる可能性を含み持つ状態だとしたのです。(訳:蜂谷邦雄)

(後半)世の中に誕生したものはすべて「陰」と「陽」という矛盾した二つの要素を内包している。それを「どちらを取るか」という二者択一の発想ではなく、
こころを空っぽにして「陰陽両方を取る」という心持で、没頭没我の状態で物事に取組むことが大事である。そうすれば矛盾を乗り越えることができる。
(古代中国で生まれた自然哲学の基礎概念に「陰陽論」というものがあります。万物には、「陰」と「陽」という背反する二つの側面が必ず存在しているという考え方です。
陰陽論では、内へ内へと入ってくる受動的な性質を「陰」、外へ外へと拡大していく動きを「陽」とします。
世の中に「存在しているもの」あるいは「起こっている現象」というのは、すべて陰陽後半双方の性質を持っており、当然よい面もあれば、悪い面もあり、よい時期があれば、悪い時期もある。そうした構造になっているのです。
これが陰陽論の基本的な考え方です)訳:田口佳史
・・・
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①「間(ま)」と、②「道生一、一生二((道一を生じ、一は二を生じ)」とは根本で同じことを云っているのが分かりますね。

「矛盾する、相反する二つの要素が交じり合う、紛らかすことで価値が生まれる」

というのが価値創造の重要な視点です。

近代西洋的思想は、モノゴトを部分化、細分化、論理化した二者択一的な発想でした。
そうやって、物不足の20世紀後半の成長がありました。

21世紀の成長には、西洋思想に不足している下記の「知の意識改革」が必要です。

それは、日本流の
・間(ま)
・縁

・禅
・和
・おもてなし
という空間、時間、心が交じり合う世界です。
それは、日本文化の「宝」であり、価値創造の「源」です。

これまでの「価値創造の知」連載に綴ってきました。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
陰陽

橋本元司の「価値創造の知・第178夜」:古典「老子の知、孔子の知」②

2018年11月11日 老子と孔子

自分の場合は、「道(タオ)」とは、すべてのモノゴトの「大元:天地万物を生み出す原理(=空=道)」と読み解くと「老子思想」がすんなりと入ってきました。
第6夜に綴った「色即是空 空即是色」の「空(クウ)」が「道(タオ)」と同一だと見切った時に、釈迦と老子の新しいつながり、新しい知が芽生えます。

柔道、剣道、相撲道、茶道、華道等々、私たちが普段目にする「・・道」というのもそこにつながるように思いませんか。

それは私たちの生き方の根本なので、「老子思想」を読むと、現在のモノゴトの見方を超えた「新しい視点・視座」に気づかせてくれます。
それは「深い知」(第77夜、第85夜)であり、奥を究めることでもあります。その事例、参考例は、第28夜(新しい目的をつくる)、第170夜(Think outside the box:箱を出る)に綴りました。
とっつきにくかった「老子」が、「道(タオ)」を語りかけてくれるようで、2千数百年をタイムスリップして親近感を覚えます。

さて、同時代を生きていた「孔子」と「老子」を自分なりの視点で並べてみました。

◆「老子」
①道家:自然に、あるがままに生きること
②思想:負(引いて、削いでいく)
③活用時期:衰退期~新導入期(オルタナティブ)
④書物:哲学書

◆「孔子」
①儒家:理想に向かい現実的に生きること
②思想:礼(定まった形式を重んじる)
③活用時期:成長期~成熟期
④書物:実用書

新しい気づきがありワクワクしましたこのような連想が数寄なのです。

「孔子」は、自分が中学や高校の時に、教科書でよく見かけました。
「人は努力によって進歩すれば、必ずいつか報われる」

1960年代の「高度成長期」の様に、何をするべきか見えている「成長期」に「孔子」は向いていたように思います。御茶ノ水駅近くの「孔子廟 湯島聖堂」にも行きました。

さて、日本の企業は、高度成長から成熟・衰退に向かい、現在は、脳業(AI・Robot)・興業に向かうパラダイムシフト(第7夜、第109夜:農業⇒工業⇒情業⇒脳業⇒興業の時代)の真っ只中にいます。
このような時代にフィットしているのは、「老子」「釈迦」のように直感します。

なぜならば、それはあらゆる考え方の大元(おおもと)であり、源泉が変革期にはどうしても必要だからです。。

「老子」と「孔子」はどちらが優れているということではありません。思想としての軸足が違うので比較するのは適当ではありません。

さてさて、「老子」は、「老子道徳経」とも呼ばれていて、「道(タオ)」だけでなく、「徳(トク)」についても記されています。
企業からのご支援では、『次の一手』を検討する際に、すべてのモノゴトの「大元:天地万物を生み出す原理」(=深い知)に想いをめぐらします。

その時に肝要の指針が『真善美』です。

「人に役立つ、社会に役立つ」

という「価値創造の原点」に向かうときに『徳』が内包されています。

「真善美」に至り、そこから「構想・行動・実践」に向かう時に必要になるのが『徳』です。「道」と「徳」は、思想と行動の合わせ鏡です。
双方に立ち向かい実践できる会社が、これからの「真の21世紀企業」です。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
老子と孔子

橋本元司の「価値創造の知・第177夜」:古典「老子の知」①

2018年11月9日 「道(タオ)」とは何か?

本夜は「老子」を取り上げます。
「価値創造の知」と、深いつながりがある思想哲学です。。

「老子」と云えば、「道(タオ)」が根本ですね。この本質をどうシンプルに把えるかで観える世界がまるで変わります。
「道(タオ)」とは何でしょうか?

「真理、理想、大、混沌の運動・・・」等々、多くの訳(やく)があるですが、そのことで訳(わけ)が分からなくなります。
それは、般若心経の「空」や「無」についても同様(第6夜)でした。「無」を「ない」と解釈すると間違います。

[第42章]
道生一、一生二、二生三、三生萬物。
萬物負陰而抱陽、冲気以為和。
(道一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。
万物影を負いて陽を抱き、冲気を以て和を為す)

(前半の)最初に出てくる「道」は、天地よりも先に存在する「なにか」であって「無」を指します。それを姿かたちのない存在として認識したのが「一」としての気。
さらにそれが陰陽の二つに分かれて、「二」となり、冲気(陰と陽の気を作用させること)が作用して「三」となり、そこから萬物が生まれてくる。
「無」からすべてが生み出されるというと、なにもないところから生まれるはずがないだろうと思ってしまいますが、老子は「無」というものを、
なにもないのではなく、ありとあらゆる可能性を含み持つ状態だとしたのです。(訳:蜂谷邦雄)

(後半)世の中に誕生したものはすべて「陰」と「陽」という矛盾した二つの要素を内包している。それを「どちらを取るか」という二者択一の発想ではなく、
こころを空っぽにして「陰陽両方を取る」という心持で、没頭没我の状態で物事に取組むことが大事である。そうすれば矛盾を乗り越えることができる。(訳:田口佳史)

価値創造の知・第6夜に、「色即是空・空即是色」の自分の見解を綴りました。
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「色即是空」というのは、「現実=色」に問題・課題があるのなら、先ず心を無にして、「大元=空=大切なこと=真心」に戻りなさいと教えてくれているように思います。
そして、「空=大元=真心」に戻って従来のしがらみや常識から解き放たれて、その本質(=コンセプト=核心)を把えてから「現実=色」を観ると新しい世界(=現実=色=確信)が観えるということではないでしょうか。その確信を革新するのがイノベーションであり価値創造です。
スティーブジョブズは、禅寺に通っていたことを知った時に、「iPhone」は「核心→確信→革新」に至ったと確信しました。
だから、「色即是空」「空即是色」と繰り返しているのです。「色」と「空」が同じであれば、繰り返す必要はないのです。「色即是空」と「空即是色」の「色」は異なるものです。
さて、超越瞑想や禅に入ると、「無」は「何もない」ということではなく、「遠ざける・気にしない」という意味だと体感できます。・・・
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「般若心経」と「老子・第42章」を並べてみると、般若心経の「空(クウ)」と「老子」の「道(タオ)」が全く同じことを云っていることが分かります。

「道(タオ)」とは、すべてのモノゴトの「大元:天地万物を生み出す原理(=空=道)」です。

その様に読み解くことで、般若心経も老子もすっきりと頭と心に入ってきます。

つまり、「空」「無」「道」をどのように解釈するかで、モノゴトの本質にたどり着けます。
(「空」や「無」をないものとするのは間違いです)
そしてそれは、そのまま「価値創造の知」「イノベーション」の道でもあります。

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夫れ物芸芸たるも、各々その根に復帰す。
(訳:田口佳史):いろいろな問題が、葉が生い茂るように発生するけれども、すべては根に帰る。「根」すなわち「根本」に立ち返れば、解決が見えてくる。
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学を為す者は日に益し、道を為す者は日に損す。之を損し又た損し、以て無為に至る。無為にして而も為さざる無し。
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雑念や欲望や枝葉を遠ざけて、「大元」に戻ることで「新時代の価値」(第33夜、第66夜、第85夜)が観えてきます。
それは、トリニティイノベーションの3本の矢の一本目(=深い知)。

「般若心経」「老子」は、事業、地域、社会、人生の問題・課題の全ての前提、土台、分母となり解決に向かう思想哲学です。それは、あらゆる考え方の大元(おおもと)であり、源泉です。

本夜は、前半の「道(タオ)」が大切にすること、本質を綴りました。
次夜は、後半部(陰陽)と孔子との関係を考察します。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
老子

橋本元司の「価値創造の知・第175夜」:価値創造とは何か

2018年10月24日 価値創造とは何か

改めて、価値創造とは何でしょうか。

結論から云えば、
『価値創造』とは、「人に役立つことを先取りするコト」です。

それは、「AI」が苦手な領域です。同時に、学校教育が苦手な領域でもあります。
なぜなら、人々の価値観を扱うからです。常識を疑い、常識を超えるからです。
「価値」は答えが一つではなく、様々であり、不確かなものなので採点できません。
そして、そこには人に役立とうとする、目に見えない「志」、「情熱」、「モチベーション」が不可欠です。

学校は、速く答えに辿り着くテクニックが中心、その土台となる大事な中身を教えて貰っていません。
それは、欧米に追い付き、追い越せのためにあったのですが、もうとっくにその時代ではありません。自らが「価値を創り出す」側に、リーディングエッジに立っているのです。

さて、初期「AI」は答えが判っているものを高速処理するのに適しています。
なので、20世紀の教育で育成してきた高速処理パーソンの「ホワイトカラー」はその仕事が劇的になくなっていきます。
更に、高速処理できるロボット群が「ブルーカラー」の仕事を急激に奪っていきます。

「他人ゴト」ではありませんね。
そのため、イノベーションの元になる「価値創造」という存在が、ビジネス現場でのウエイトを急激に増しています。

それでは、「価値創造」についての自分ゴトの気付きとプロセスをご案内します。
◆『価値』とは、突き詰めれば「人に役立つかどうか」というコトです。

本夜は、皆さんからの関心が特に高い「不易流行(ふえきりゅうこう)」(第34夜)に紐づけながら解いてゆきます。
「不易流行」とは俳聖・松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の中で見出した蕉風俳諧の理念の一つです。
不易流行の『不易』とは、時を越えて不変の価値をさし、『流行』とは時代や環境の変化によって革新されていく価値のことを云います。

蕉門に、千歳不易(せんざいふえき)の句、一時流行の句といふあり。是を二つに分けて教え給へる、其の元は一つなり。(去来抄)
「千年変らない句と、一時流行の句というのがある。師匠である芭蕉はこれを二つに分けて教えたが、その根本は一つである」という意味です。

「不易(変わらぬもの)と流行(変わるもの)の根本は一つである」これは、第31夜~33夜でお伝えした“二つでありながら一つ”と同じです。
つまり、不易流行の根本も、言い換えれば「人に役立つかどうか」に繋がってきます。

この世は「諸行無常」です。これは不変です。
iPhoneは、多くの人に役立ちました。iPhone以前に、その統合した価値は存在していませんでした。
常識を疑い、常識を超える未常識(第29夜)に到達すること。
iPhone以降に、更に進化したメディアが登場するのは必然です。その予兆は、いまここに明滅しています。

何を言いたいのかと云えば、今の眼前の現実は「欠けたモデルだ」「途上のモデル」と割り切ることです。
その上で、「余白」(第22夜)、「空」(第85夜)を見つけることで、新しいスタイル、新しい価値が生まれてきます。

『価値』に尽きることはありません。
◆『創造』とは、「未来を先取りする」というコトです。

今、私達に求められている資質(WILL)と能力(SKILL)は何でしょうか?(第1夜、第51夜)
①それは、豊かな未来を創りたいという情熱(PASSION)と
②その本質の発見力(MISSION)と
③周りを巻き込んで実現する行動力(ACTION)にあります。

①を②③につなげるための基本の流れとして、
・模倣的(イミテイティブ)
・創造的(クリエイティブ)
・革新的(イノベイティブ)
を整理しておくことを、「未来を切り拓きたい」と熱意と情熱を持っている方達にはお薦めします。

「クリエイティブ」については、「新しい視点を発見するコト=見方を変えるコト」であり、つまり、「イノベーティブ」の前段で常識の殻を破るという位置づけです。
「イノベーティブ」とは、iPhoneに代表されるように、「新しい世界を創り出すコト=現実を変えるコト」です。
この基本の流れと其々の役割を理解しておくことが、将来のイノベーターを目指す方達にはにはたいへん役立ちます。

さて、クリエイティブ以上の『イノべイティブ』に到達するのに必要なのは、
・第21夜(気立て・見立て・仕立て)の気立てと仕立ての用意と卒意
・第17夜(「間(ま)」と「創造」)のダイアグラム作成 がポイントになります。
是非、「未来の先取り」に挑戦してみてください。

ここで、自分のコトを綴ります。
30年前の1988年、パイオニア社の技術職として、センター工場に勤務(技術企画課)していました。
この年は、振り返ってみると「ホームオーディオ事業」のピークにありました。
それは、従来の「性能」を追求していれば良かった時代の終焉でした。

20世紀は「所有」の時代でした。「所有」の時代の背景には、「モノの不足」があり、そこでは何馬力、何ワット、何デシベルというように『性能』が重視されていました。
それが満たされてくると、次の充足は『機能』に移りました。生活空間には、使わない機能でいっぱいの機器が溢れましたね。
「性能」自身の魅力が薄れていきました。魅力がなくなると、事業は廃れます。

現在は、「モノからココロ」へと、よりインナーへの欲求に移っています。

それを時系列で表現すると
⇒ 性能 < 機能 <効能
となります。

私たちは、機械の『性能』からではなく、生活・人の『効能』という価値から捉えていく時代になってなっていくことが分かりますね。
(現在は、3つのインターネット的特徴(①リンク、②シェア、③フラット)の浸透(第84夜)により、「所有」しないで、借りる、シェアするという「型」で「使用・体験」する時代になっています。さらに、「おもてなし型」へ))

労働組合の書記長を降りて一年後の33歳の時に、一年に一回開催される重要なイベントである「技術発表会」(2000人規模)の事務局長になりました。
『性能から効能へ』という「価値転換」から把える時代になるコト。そして、それまで、発表会にはコンセプトがなかったので、
「新価値創造 NVC(=New Value Creation)」
を中心において、全てのテーマが「新しい価値を創造すること」に置くことを発表しました。

・新価値=「世の中に役立つコト」
・創造=「未来を先取りするコト」

30年前の当時、「価値創造」「新価値創造」という言葉はどこにも使われていなかったので造語です。
もう、「価値創造」が時代の中心になることが観えていました。

その後、すぐに目黒本社に異動となり、
・調査企画(情報企画課)
・開発企画
・社長直轄 ヒット商品緊急開発プロジェクトリーダー
・新事業創造室室長
・総合研究所:新価値推進センター所長(研究企画、シナリオ企画)
・「パイオニア・次の柱」事業創出プロジェクトリーダー
・新価値創造研究所代表
と歩んできました。

今思えば、ずっと30年間、「価値創造・新価値創造」をミッションとして活動してきました。
その途中で、多くの方達との出会いがあり、「価値創造の奥義=トリニティイノベーション」(第67夜、第89夜)を体系化しました。
このトリニティイノベーション(第82~89夜)の中に、『創造』のエキスを注入しています。是非ご覧ください。
突き詰めれば、それは複雑ではなく、日本流のとてもシンプルな方法(第170夜)です。

さてさて、日本の停滞の本質は、「価値創造」が進んでいないことにあります。
逆に云えば、日本の成長の源は、「価値創造」の量と質です。

これからの「AIoT時代、Robot時代」に、他人ゴトから、自分ゴトへ転換しませんか?
「価値創造」で、共に、隆々とした日本の新しい文化、市場を創り出しましょう。

価値創造から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
価値創造とは何か

橋本元司の「価値創造の知・第174夜」:「チーム創発・コンサルティング」立ち上げ①「林住(りんじゅう)期」

2018年10月19日 チーム創発コンサルティング

この度、企業の第一線で改革実践してきた異能のメンバーが集結して「チーム創発」を立ち上げました。
全員が企業の第一線で有事を体験してきた62~63歳です。
ホカホカの自分達のパンフPDF版を作成したので是非ご覧ください。
みなさま、ご意見・ご助言くださいね。

ということで、ネーミングの如く「創発」で顔晴って創り上げたので、本夜から少し、「チーム創発」立ち上げの想い・経緯・目的辺りを綴ろうと思っています。

最初の想いは、10年前、会社の帰りに購入した「林住(りんじゅう)期」(五木寛之著)にあったように思います。

では、そこから引用して紐解いてゆきます。

“古代インドでは、人生を四つの時期に分けて考えたという。
「学生(がくしょう)期」、「家住(かじゅう)期」、そして、「林住(りんじゅう)期」と「遊行(ゆぎょう)期」。
三つ目の「林住期」とは、社会人として務めを終えたあと、すべての人が迎える、もっとも輝かしい「第三の人生」のことである”
・・・
“アスリートにたとえれば、「学生期」に基礎体力をつくり、「家住期」に技術を磨き経験を積む。
そして試合にのぞむ。その本番こそが「林住期」だ。人生のやり直しでも、生活革命でも、再出発でもない。生まれてこのかた、ずっとそのために助走してきたのである。”
・・・

>『生まれてこのかた、ずっとそのために助走してきたのである』

いかがでしょうか?
そうズバッ!と言い切られると考えさせられますよね。
「余白」(第22夜)が生まれる瞬間です。

まだまだこれから!

ちょうど、「パイオニア社の卒業」を意識していた当時(53歳に、自分の背中を大きく押してくれました。

それまでは、
「学生期」⇒「家住期」⇒リタイア
というのが、日本の終身雇用制度の設計図でした。年金制度もそのように作られていましたね。それが、土台から大きく崩れました。
そして、時代の流れと並行する人生100年という新たな価値観(第168夜)の芽生え。

①「AI」(第144夜:「AI」「BI」「CI」)と②「人生100年シフト」が両輪となって、「働き方改革」の先にある『新しいフリースタイルという働き方』という息吹が動き始めています。
「団塊の世代」の後に生まれた私たちは、「リタイア」と違う「林住期」と「遊行(ゆぎょう)期」を生きることが使命なのかもしれません。

『溶解する社会 Free Style Shift』(第169夜)引用
-------
社会速度が高まり、あらゆる分野で破壊的創造<ディスラプション>が繰り返されている。我々は、この現実をどれだけ直視できているのだろうか。
旧態依然のビジネスモデルを続けていれば、もはや事業を継続することもできない。ディスラプションとは、個人の小さな気づきの連鎖によってもたらせられる。
・・・個人が社会の中で向き合っていける、自在で臨機応変なステージやプラットフォームが重要になってくる。
そのプラットフォームが多彩であれば、個人の活躍の場も広がっていく。それぞれの個人が持っている得意技が生かせるチームを編成し、社会の課題に挑む「フリースタイル」という新しい働き方、生き方がますます顕著になっていくだろう。
新たな市場とは、過去の延長線上にあるのではなく、夢や理想を掲げた時にこそ現れる。
・・・
---------

・ミドルシニア群が元気で、世の中に役立つ「魁(さきがけ)」になる!
・年金制度も含め、若い人達との橋渡しとなり喜ばれる!
・「チーム創発」に次々に若い人達(ジュニア)との融合がある!
・会社の再興、地域の再興、日本の再興に貢献する!
・others

そんな存在・役割・志を持って実現したいと想っています。
そのようなコトが望まれているのでしょうか?
いったい、どの様なことを考えたのか?

次夜は、その周辺と本質を綴っていこうと思います。

価値創造の知から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ

チーム創発コンサルパンフ01
チーム創発コンサルパンフ01

橋本元司の「価値創造の知・第173夜」:人生のマイナスとプラス

2018年10月16日 マイナスはプラスにするための準備期間

「コンサルタントの知」第5弾です。
前夜は、「次の一手」「将来の洞察」について綴りました。
そして、マイナスとプラスはコインの裏表であることを。

本夜は、それを野球人「桑田真澄」さんの言葉を通してお伝えしたいと思います。

⇒ 『練習したからといってすぐに結果が出るものではない。毎日コツコツ努力していると、人間はある日突然、成長する』

この言葉は響きますね。
「価値創造の知」も同様です。
全てのモノゴトに通じ、人生に影響を与えますね。

それは、学生時代の中高のバドミントン部活動でも実感したことですが、企業人となってから、
・第23夜:100社の企業訪問と100社の異業種コラボレーション
・第25夜:(通勤電車で)15年で3000冊を読む
・第47夜:日本の方法(独自性の発揮)
も同様でした。

⇒毎日コツコツ努力していると、人間はある日突然、成長する。

この「価値創造の知」連載も「コツコツ努力」で成立しています。
きっと、成長しているのですね。

蝶に例えると、動きが止まったようにみえる「さなぎの時代」がコツコツ努力なのでしょう。
そして、ある時羽ばたく蝶に変態する。

①人生にマイナスはないですね。 マイナスはプラスにするための準備期間だと思います
②格好悪くていい。”格好悪い” とは人の評価だからである。僕は自分が充実した人生を送るために生きているわけで、周囲の人から見て格好いいことをするために生きているわけではない
③言うこととやることが一致しているから、言葉に説得力がある
④イチローも4割・5割の打率は記録できず、6割以上失敗する。 人生も同じだ。失敗しても構わない。大事なのは、失敗してもそこから起き上がることだ
⑤ようやく子どものような絵が描けるようになった。ここまで来るのにずいぶん時間がかかったものだ
⑥あなたの家庭はあなたの避難所だ。ただ、そこに閉じこもってはいけない
⑦いい事はもちろん、悪い事も視点を変えて良い試練だとポジティブにとらえることにより、怒ったり落ち込んだりすることなく、何事も自分の成長の糧にすることができる
⑧やるか、やらないかですよ、人生は。 やればそれだけのものが返ってくるし、やらなければそのままですよ
⑨試練が人を磨く
➉大物とは他人の評価を気にしない

⇒人生にマイナスはないですね。マイナスはプラスにするための準備期間だと思います。

負(マイナス)の期間に何をするかが重要です。なかなか望む出口や成果が見えない時が続きますね。
自分の場合も、ギリギリまでやらないと成果が出ないことを何度も経験してきました。そこには、「一途な想い」「志」が必要です。成長はできても成功につながらないことも経験してきました。

神様は「イケズ」なのです。

負(マイナス)と正(プラス)は別々にあるのではなく、「二つでありながら、ひとつ」(第33夜)です。
これが、「価値創造の奥義」であり、「価値コンサルティングの秘儀」でもあります。

価値創造の知から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
桑田真澄

橋本元司の「価値創造の知・第172夜」:なぜ、倒産?

2018年10月15日 変化に対応できないで失敗した事例

「コンサルタントの知」第4弾です。
前夜は、「経営とは、変化に対応すること」を事例で綴りました。

本夜は、「変化に対応できないで失敗した事例」をまとめた本「なぜ倒産」(日経BP)も参考にしながら「価値創造の知」をお伝えします。
「なぜ倒産」の副題は、(中堅・中小企業)『23社の破綻に学ぶ失敗の法則』とあります。成功の事例を学ぶよりも、失敗の事例を学ぶことは有用です。

なぜならば、成功と失敗はコインの裏表の関係にあるからです。多くの失敗と挫折の先に、成長があり「成功」があります。
また、成長があったことにより、失敗に繋がったという事例も枚挙にいとまがありません。

「はじめに」から一部を引用します。
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経営とは、ヒト、モノ、カネの状態をバランスよく保つことであり、そのバランスが大きく崩れると失敗を招きます。
そして、崩れ原因を突き詰めると「あのとき、こうした判断をしてしまった」という転換点が見えてきます。

成功はいくつかの要因の組合せですが、失敗は究極的には一つの判断ミスによるもの。
例えるなら、成功とはブロックを地道に高く積み上げることであり、失敗とはブロックの山のどこか一か所に異常な力が加わることで一気に崩れるイメージです。
成功の要因と違って、失敗は原因を特定できる分、ダイレクトに役立つのです。・・・
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「IT化、グローバル化、サービス業化」と「AI化、少子高齢化」の掛け算により、従来の事業モデルや業態を保つことが難しくなっています。
事業を磨き上げる、更新すること、必要に応じて変態(業態変換)の見直し、イノベーションが待ったなしで訪れます。

役に立つと思うので、「なぜ倒産」の3章を参考に記載します。
1.第1章: 急成長には落とし穴がある
①脚光を浴びるも、内外実が伴わない
②幸運なヒットが、災いを呼ぶ
③攻めの投資でつまづく
2.第2章: ビジネスモデルが陳腐化したときの分かれ道
④世代交代できず、老舗が力尽きる
⑤起死回生を狙った一手が、仇に
⑥負の遺産が、挽回の足かせに
⑦危機対応が後手に回る
3.第3章: リスク管理の甘さはいつでも命とりになる
⑧売れてもキャッシュが残らない
⑨一社依存の恐ろしさ
➉現場を統率しきれない
⑪ある日突然、謎の紳士が・・・

前職パイオニア社では、上記の第1章と第2章のプロセスを経験してきました。
そのような時に特に役立つのが、
・トリニティイノベーション(第21夜、第56夜)
・シナリオプランニング(第15夜、第147夜)
の二つの方法です。

それは、
・先(将来)がわかる(洞察できる)
・「次の一手」が観える
からです。

それは、前夜(第171夜)に綴りました。
そうすれば、
・本業の何に磨きをかければいいのか、
・本業の何に依存しすぎてはいけないのか、
・外部の何に注目すればいいの


・外部とどうやって繋がればいいのか

ということが分かるようになります。
それを「目利き」と云います。

ただ、上記の二つを習得するには「コツと繰り返し」が必要になります。
何回か努力、挑戦をしていると、ある日突然観えるようになります。

その時に必要なのは「当事者意識」「情熱」「本気&本質」です。
マイナス、劣等の本質が見えた時に、将来のプラスが明滅します。

価値創造の知から、「事業創生・地域創生・人財創生」へ
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橋本元司の「価値創造の知・第171夜」:経営とは「変化」に対応すること

2018年10月13日 事例:オーディオの未来

 前夜、前々夜に引き続いて「コンサルタントの知」について語ります。
・前々夜のテーマは、「経営アドバイザー」から「経営ナビゲーター」へ。
・前夜のテーマは、常識から逸脱すること。「箱を出る(Think outside the box)」でした。
 
その一番「根っこ」にあるのは何だと思いますか?
 
 それは、「経営とは、変化に対応すること」です。
 
腑に落ちますか?
 
 ここでは、前職の「オーディオ」を事例にして、変化に対する下記「2つのパターン(型)」をご紹介しますので理解の参考になれば幸甚です。
A.改善型
B.革新型
この二つの型を、現況の自分の会社/地域に当てはめてみて(=類推して)みてください。
 
A.改善型
 
・1970年、自分が中学、高校の時に、自宅の居間には、YAMAHAの「セパレート・ステレオ」がドーンと置いてありました。
・1977年、ご縁があって、㈱パイオニアに就職しました。
技術系出身ですが、新人全員の営業実習があって、自由が丘の丸井のオーディオ売り場に一か月、店員となりました。
「コンポーネント・ステレオ」がほんとうに飛ぶように売れました。(開店時間に伝票を書いている時間がなかったので、事前にお客様情報以外の内容を記載していました)
それから暫くして、中森明菜の「プライベート・ステレオ」へ変遷してゆきました。
・1989年がホームオーディオの売上はピークを迎えました。それは、バブル崩壊の2~3年前です。
ここから東南アジアで生産移管が始まり、急激に売上/利益が落ちてゆきました。
・1992年、自分はホームではなく、カーオーディオに籍を置いていたのですが、「オーディオ活性化委員会」「超高密度委員会」に召集されて数か月検討を行いました。
予測としては、
①翌年、国内オーディオ事業が、30億円の赤字になる
②CDメカに変わるオーディオの時代がくる
③13年後の2005年に、パッケージ系・放送系・通信系に不連続の変化が起きる
 その背景と処方箋の提案となりました。
 
 自分は両委員会を兼ねていたので、それを編集した予測・洞察を経営会議で発表しました。37歳の時です。
経営会議では、技術開発統括から「①②③になるはずがない」というコメントがあり、後で呼び出され叱られました。
 
 しかし、その①②③はすべて現実のものになりました。
 
 1989年以前は、「A.改善型」で良かったのです。
しかし、2005年以降は、「B.革新型」が必要だったのです。
それでは、「2005年」に変化に対応すればいいのでしょうか?
 
 上記の経営会議で自分は、
「2000年までに、次の変化への対応をする必要があると考えます」
と訴えましたが却下されました。
 
 さて、オーディオと人との関係はどのように変化したのかをみてみましょう。
a.居間
b.机の上
c.ポータブル
d.ポケッタブル
 
B.革新型
 
 上記の次は、
e.Wearable
f.Hearable(聴覚)
g.Heartable(脳・心・意識)
 に移っていくと洞察・確信しました。
 
 自分は将来の実現のイメージを持って、
・1995年新社長に直訴(⇒ヒット商品緊急開発プロジェクト)して
その第一段からリリースしました。もう、30年弱になりますね。
 
 「Audio]」は、どんどん人間の皮膚に近づいているのがわかりますね。
そして、インナーに入っていきます。
それは、図のように、「ディスプレイ」も一緒なのです。
このオーディオ(聴覚)、ビジュアル(視覚)、タンジブル(触覚)が新結合して、そこに、「AI(脳)、AR」が加わるのですね。
その時に、ワクワクドキドキする「音・音楽」と人との新しい関係が生まれます。
 
 そして、ここに、アナログ・異質・キュービタルを新結合することで、「新しい文化・市場」が生まれます。
上記、「e.Wearable」以降は、「B.革新型」でなければ対応できません。
 
 世の中の変化に対応できなければ、右肩下がりになり、新しい市場・土俵に上ることができません。退場という道をゆくことになります。
 
 前職の卒業後、ご縁により、「サービス業~製造業、ベンチャー企業~老舗企業」と、多業種/業態と伴走してきましたが、先ず時間軸で「A.改善レベル」にあるのか、「B.革新レベル」にあるのかを客観的にみてください。
 
「現事業の本来と将来」が見えると、自ずと気づきがあり、経営の心構え・対応の仕方が変わってきます。
 
 ただし、変わらないのは、その本質には「顧客の幸せ」という視点・視座があることです。
それを水先案内する私たちは、あなたの外部「成長経営かくしん室」です。
 
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