2026年9月18日:これからの教育について「もう一段深い『問い』」を立てると・・・
「問い」:AIによって「人間の外部能力が拡張」されたとき、教育は「人間の内側」をどう扱うべきなのか?
生成AIの急速な進化によって、私たちの仕事や学びの風景が大きく変わり始めています。
文章を書く。
情報を集める。
翻訳する。
画像をつくる。
プログラムを書く。
アイデアを整理する。
これまで人間が頭を使い、時間をかけて行ってきたことを、AIが驚くほど簡単に手伝ってくれるようになりました。
しかし、ここで私は、教育について「もう一段深い問い」を立ててみたいと思います。
(*新しい価値を生むための「問い」とは、「常識・当たり前」という壁の向こう側にある「まだ見ぬ未来」へ手を伸ばすためのチケットです)
・AIによって「人間の外部能力が拡張」されたとき、教育は「人間の内側」をどう扱うべきなのか?
これは、「AIを教育にどう活用するか」という問いとは、少し違います。
むしろ、
・AI時代に、人間は「何を学ぶ」必要があるのか。
そして、
・教育は、そもそも人間の「何を育てる」ものなのか。
という「問い」です。
1.人間の「手足・神経・脳」(3C)が外側へ広がってきた
私たちは、長い歴史の中で、自分自身の能力を外部へ拡張してきました。
たとえば、
① 工業(MT)の発展は、人間の「手足(Control)」を拡張しました。
→自動車、機械、家電などによって、人間の身体能力をはるかに超えることができるようになりました。
② その後の情業(IT:情報技術)の発展は、人間の「神経系(Communication)」を拡張しました。
→電話、インターネット、スマートフォンなどによって、遠く離れた人や情報と瞬時につながることができるようになりました。
③ そして現在、脳業(AI)は、人間の「脳(Computer)」の外部能力を大幅に大胆に拡張しています。
考える。
整理する。
比較する。
予測する。
生成する。
こうした能力まで、外部の知能と協働できるようになってきました。
つまり、
手足 → 神経 → 脳
という、人間の外部能力の拡張が進んできたとも見ることができます。
そして今、その三つがつながり始めています。(統合)
その代表が、現実となった「自動運転車」「戦闘ドローン」です。

私は、この「3つのC」(Control、Communication、Computer)が統合する時代(工業×情業×脳業)を実感を持って駆け抜けてきました。
過去、私が受けてきた「教育」は、「工業時代」に最適化した教育でした。大学は「機械工学科」に進み、製造業に入りました。
しかし、いま、時代は大きく変わりました。
そして、時代は後戻りしません。
AIが進展し、この「3C」が統合化された時代の「教育のあり方とやり方」をどう見据え、適合していけばいいのでしょうか?
当然、これまでと異なる「新しいものの見方、新しい物差し」が必要になってきます。
2.では、人間の内側には何が残るのか
ここで、教育にとって「重要な問い」が生まれます。
AIによって「できること」がますます増えていったとき、
・「人間にしかできないこと」は何なのか。
私は、この問いを「能力」の問題だけでは捉えないことが大切だと考えています。
なぜなら、
・「何ができるか」
の前に、
・「私は何をしたいのか」
があるからです。
さらに、
・「私は何を大切にしたいのか」
・「何に心が動くのか」
・「なぜ、それをやりたいのか」
という、人間の「内側(心の奥)にある問い」があります。
AIは、「できること」を大きく拡張してくれる。
しかし、
「何をしたいのか」まで、自動的に決めてくれるわけではありません。
ここに、「これからの教育の大きなテーマ」があるのではないでしょうか。
3.「顕(外発)」から「密(内発)」へ
私は、この問題を考える一つの見方として、「顕密思考(第381~385夜詳細)」を提案・検討してきました。

「顕」とは、すでに表に顕われているもの。
社会にある課題。
既存の知識。
技術。
制度。
常識。
そして、AIによって拡張されていくさまざまな能力。
一方の「密」とは、
まだ「顕」になっていないもの。(第383夜詳細)
(*「密」とは、隠れているものではなく、まだ顕(あらわ)になっていないもの)
自分でもまだ言葉にできていない、
「小さな喜び」
「大事なこと」
「心が動く瞬間」
「素直な心」
「やってみたいこと」
などです。
教育は、これまで「顕」になっている知識を教えることに大きな役割を果たしてきました。
しかしAIによって、「顕」の世界にある知識や情報へアクセスすることが圧倒的に容易になったとしたら、(*既にそうなっていますね)
これからの教育は、むしろ
・「密(「顕」になっていないもの)」の世界にあるものを、どう見つけ、どう育て、どう社会につないでいくのか
という役割を、「より重要なテーマ」として考える必要があるのではないでしょうか。
4.「小さな喜びや切実」は、未来の種になる(第384夜詳細)
たとえば学生に、
「将来何になりたいですか?」
と聞くと、なかなかはっきりと答えられないことがあります。
(*私もそうでした)
しかし、
・「最近、ちょっと嬉しかったことは何かな?」
と聞いてみる。
すると、
「人にありがとうと言われた」
「誰かと話していて楽しかった」
「ものをつくるのが面白かった」
「知らないことを調べるのが楽しかった」
・・・others
など、さまざまな答えが出てきます。
さらに、
・「なぜ、それが嬉しかったの?」
と問い直してみる。
すると、その奥に、
・「自分が大切にしているもの」
が少しずつ見えてきます。
私は、ここに「教育の新しい可能性」があると思っています。
「密」にある小さな気づきを掘り起こし、
・自分にとって本当に大事なもの(第369夜、第385夜参考)
を見つけていく。
それは、単なる自己分析ではありません。
5.「3つの知」で、自分の内側と世界を往還する
ここで、私が提案している「3つの知(第89夜、第364夜、第376夜詳細)」が生きてきます。
(*学生には、下記図解をわかりやすい事例・動画と演習を使ってかみ砕いてお伝えして習得していただいています)

・深い知
「なぜ?」を掘り下げる。
表面的な答えではなく、
→「自分にとって、本当に大事なことは何なのか」
を探る。
・高い知
「視点」を変える。
自分だけの立場から離れて、
→社会から見たらどうか。未来から見たらどうか。
と視点を変えてみる。
・広い知
「異なるもの」をつなぐ。
異分野、異文化、異なる人、異なる経験など、
→一見遠いものを結びつけてみる。(第385夜)

そして、この「三つの知」の中で常に働いているのが、
→「問い」の編集力 (第381夜)
です。
問いは、最初から完成しているわけではありません。
「何がしたいのか?」
という問いが、
「なぜ、それをしたいのか?」
になり、
「それを社会にどう生かせるのか?」
になり、
「それと別の何かを組み合わせたらどうなるのか?」
へと変わっていく。
つまり、
問いを深くし、高くし、広くしながら、問いそのものを編集していく。
その過程で、「新しい問い」が生まれてくるのです。

6.AIは「答えを出す機械」ではなく「魔法の乗り物(=人間の外部能力拡張)」
そして、ここでAIが登場します。
AIを、
「答えを出してくれる機械」
としてだけ使うのは、少しもったいない。
むしろ、
AIを「魔法の乗り物(=人間の外部能力拡張)」
として使ってみる。
自分一人では行けなかった場所へ連れていってもらう。
知らなかった視点を見せてもらう。
自分の考えをぶつけてみる。
そして、
「いや、ちょっと違う」
「そうではない、そこではない」
という違和感を感じる。
その違和感から、もう一度問いを編集する。
ここに、「人間とAIとの新しい関係」が生まれるのではないでしょうか。
7.「AI × IKIGAI」という新結合
ここで私は、もう一つの組み合わせに注目してきました。
それが、
「AI × IKIGAI」(第384~385夜)
の結合(ぶつけ合わせによるブラシュアップ)です。
AIは、人間の外側にある「できる」を拡張する。
一方、IKIGAIは、人間の内側にある「やりたい」「大切にしたい」に関わる。
つまり、
・AI=外へ広がる力(外発力)
・IKIGAI=内から湧き上がる力(内発力・心源力)
と見ることができます。
この二つが出会うところに、
「間(ま)」(第17夜、第375夜詳細)
が生まれます。
「間(ま)」は、単なる接続部分ではありません。
(*かつて日本家屋によくあった「縁側」のような「場」です。
そこは、「家の中」でもなく、また「家の外」でもない、「内と外」の境にある豊かな交流の「場」でした)
つまり、「間(ま)」とは、単なる空白や時間・空間の隔たりではなく、「異質な二つのものが出会い、新しい関係性や価値(イノベーション)を生み出すダイナミックな生成の領域」を意味します。
そこでは、
「異なるもの」が出会い、
「問い」が生まれ、
「意味」が編集され、
「新しい可能性」が見えてくる、
『 創造の場 』
です。
ここで、
「私は何を創りたいのか?」
という「問い」が生まれてくる。
8.教育は「答えを教える場」から「自分の『問い』を育てる場」へ
もしAIが、知識を検索し、文章を生成し、さまざまな案を出してくれるようになったなら、(*すでに現実化しています)
教育の価値は、
「知識を持っていること」
だけでは測れなくなっていくでしょう。
むしろ、
何に気づくのか。
何に心が動くのか。
何を大切にするのか。
どんな問いを立てるのか。
その問いをどう編集するのか。
そして、何を創るのか。
こうした「人間の内側にある力」が、ますます重要になるのではないでしょうか。
それをサポートする環境(教育の場・地域の場等)が揃えば、整えば、「創造」あふれる学校・社会・地域の先駆けになると思いませんか。
9.最後に、教育そのものを問い直す
ここで、「最初の問い」に戻ります。
問い:AIによって「人間の外部能力が拡張」されたとき、教育は「人間の内側」をどう扱うべきなのか?
私は、この問いに対して、まだ確固とした「正解」を持っているわけではありません。
*① たくさんの学生や教育機関の方たちとの対話の中で、従来の仕組みや壁を乗り越えるためには、いくつもの阻害要因や要望があることがわかったので、それを「一覧表」にまとめてみました。
*② その解決策は、「教育改革」というような大上段からではなかなか始められないし、また遅くなり、時間がかかりすぎると思うので、「一つの学校(高校・大学)、一つの地域の小さな成功体験」から迅速に始められるような『AI時代の教育OS』を検討しています。
*③ そしてそれは、従来の「教科縦割り」では難しく、「横ぐしの仕組み」で寄り添い(横軸:空間)、小学校から社会人まで段階を追って寄り添う(縦軸:時間)という「2軸」で、教育機関に無理のない、学生と、社会(事業・地域・環境)に喜ばれるような姿・形・未来を思い浮かべています。
それだからこそ、この「問い」そのものを、さらにもっと「深く・高く・広く」教育に携わる人、学生、企業、地域の人たちと一緒に考えてみたいと思っています。
AIによって、
「できること」は、ますます外側へ広がっていく。
だからこそ、
・「自分は何をしたいのか」
・「何を大切にして生きたいのか」
という「内側への問い」が、これまで以上に重要になります。
そして最後には、
「私は何を創るのか?」
だけではなく、
「私は、どんな『(心の)あり方』で未来を創りたいのか?」
という「問い」にたどり着く。
AI時代の教育とは、
「AIの使い方を教える」ことだけではありません。
AIによって外側が拡張された今だからこそ、
人間の内側にある「まだ顕になっていないもの(密)」を、
どう見つけ、育て、未来につないでいくのか。
私は、そこにこれからの教育を考える大きな「密」があるように思います。
*改めて、「密」とは、隠れているものではなく、まだ顕(あらわ)になっていないものです。(第383夜詳細)
価値創造から「事業創生・地域創生・人財創生」へ