橋本元司の「AI時代の価値創造の知」 第390夜「時間泥棒」から人生を取り戻す ~『モモ』×『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』× 『顕密思考』~

2026年10月30日:「時間泥棒」から人生を取り戻す

元大関・貴景勝の湊川親方のファンだったので、
NHK・Eテレ番組「スイッチインタビュー『湊川親方×三宅香帆』」の対談を観ていました。

 そこで、三宅香帆さんが提唱する、
・本が読めないときに大事にしたい考え方「ノイズ」「半身」
 についてのトークがとても興味深い内容でした。

本夜のエッセンス
 AIによって、私たちの能力はますます拡張されていく。
だからこそ、これからの時代には、
・何ができるかだけでなく、
・何をしたいのか、
・何を大切にしたいのかという、
・人間の内側にあるものが、ますます重要になる。

*時間を取り戻すことは、人生を取り戻すこと。
**そして、人生を取り戻すことから、新しい価値創造が始まる

1.働いていると、本が読めなくなるのはなぜか?

三宅香帆さんのベストセラー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(新書大賞2025:集英社新書)
 本書には、現代の労働を考えるうえで、気になる下記言葉があります。
それは、
「現代の労働は、労働以外の時間を犠牲にすることで成立している」

・仕事に追われ、本を読む時間がない。
・仕事以外のことを考える余裕がない。
・好きなことを楽しむ気力さえ残っていない。

 上記に同感する方たちがいっぱいなのではないでしょうか。

 そこで著者が提示する結論は、
「働きながら本を読める社会をつくるために。
半身(はんみ)で働こう。
それが可能な社会にしよう
」
 というものです。

 仕事に全身全霊を捧げるのではなく、仕事以外の自分も大切にする。
しかし、どうすれば、それが可能な社会をつくれるのだろうか?
本書は、私たちに大切な問題を提起しています。

 一方で、本の中では、その実現に向けた具体的な処方箋を考えることは、読者や社会に委ねられているのです!

 私は、この三宅さんからの「問い」を考えているうちに、ミヒャエル・エンデの『モモ』を思い出しました。

2.『モモ』が教えてくれる「時間泥棒」の正体

 ミヒャエル・エンデの『モモ』に登場する灰色の男たちは、人々に時間を節約することを勧める。
 無駄をなくし、効率よく働き、時間を貯蓄する。

 ところが、人々は時間を節約すればするほど、「心の豊かさ」を失っていきます。
・人の話をじっくり聴くこと。
・友人と語り合うこと。
・遊ぶこと、想像すること、何かに心を動かされること。

 一見、何の役にも立たないような時間にこそ、「人生の豊かさ」があったのです。

 この本の中で注目したいのは、『モモの変化』です。
時間を奪われる人々が受動的に流されていくなかで、モモは「自ら行動する存在」として立ち上がります。
 ただ状況に耐えるのではなく、自分の意志で大切なものを取り戻そうとしていきます。

 この本は若い時から何度も読みましたが、
このモモの姿から、私はあらためて、「大切なこと」を教えられました。
「時間泥棒の問題」は、社会の仕組みだけではありません。
その仕組みのなかで、
「私(たち)自身が何を大切にし、どう生きるのか」
 という問題です。

もちろん、個人の意志だけですべてが解決するわけではありません。
*社会の構造を変えること。
**一人ひとりが自分の人生の主体として立ち上がること。

その『両方』が必要なのですね。

3.生成AI時代、新しい「時間泥棒」がやってくる

 そして今、生成AIが急速に進展しています。
AIは、情報を集め、文章を書き、仕事を効率化し、私たちの能力を拡張してくれています。
 本来なら、AIによって生まれた時間を、読書や対話、文化、創造的な活動に振り向けることができるはずなのに。

 しかし、効率化によって仕事の量や速度への期待がさらに高まれば、せっかく生まれた時間が、次の仕事で埋め尽くされてしまうのが実情なのではないでしょうか。
 時間を節約しても、時間が自分のもとに戻ってくるとは限りません。

 ここに、AI時代の逆説があります。
*AIによって、できることは増えていく。
しかし、人間が自分の人生を生きる時間は、本当に増えているのだろうか?

 大切なのは、AIを使って何ができるかだけではありません。
・AIによって生まれた余白を、何のために使うのか。
・そして、自分は何を大切にして生きたいのか。
 この「問い」を、『自分自身に取り戻す』ことが必要なのではないでしょうか。

 その意味するところは、自分への『質問力』が、とても重要になる時代になるということです。

4.その処方箋としての「顕密思考」

 私は、この問題を解くためのひとつの手がかりが、「顕密思考」にあると考えています。

 顕密思考では、目に見える日常や常識を「顕」、まだ表に現れていない思いや可能性を「密」と把えます。(第381~389夜詳細)
 私たちは、日常の仕事や社会の常識に追われていると、目に見える成果や効率ばかりに意識が向かいがちになります。

 しかし、その奥(=「密」)には、まだ言葉になっていない思いや、心の動き、好奇心、違和感、可能性が潜んでいます。
・それらに気づき、「自分は何を大切にしたいのか」を問い直す。
・そして、まだ見えていない可能性を、「新しい生き方や働き方へ」と結びつけていく。

そのために、私は次の三つを重視しています。

① 意志・意欲――自分の人生の主体になる
・何に心が動くのか。
・何を大切にしたいのか。
・どんな未来を実現したいのか。

 こうした問いを通して、自分の内側にある意志や意欲を確かめる。
仕事に自分を合わせるだけではなく、自分が大切にしたいものから、仕事や人生のあり方を考え直す。

『モモ』が自ら行動する存在として立ち上がったように、私たちも「自分の人生の主体」として立ち上がるのです。

② 「ノイズ」と「間(ま)」――見過ごしていたものに気づく
 効率や合理性を重視する世界では、予定外の出来事や寄り道、異なる意見、説明しにくい違和感は、しばしば「ノイズ」として扱われます。

 しかし、そこには、既存の枠組みでは見えなかった『可能性』が潜んでいるかもしれない。
・本を読む。
・人の話を聴く。
・寄り道をする。
・異なる世界に触れる。
・何気ないことに心を動かされる。
そうした時間は、仕事の邪魔、人生の邪魔ではありません。

 目の前の現実と、自分の内側にあるものをつなぎ直す「間(ま)」を生み出していく。
 ノイズを排除するだけでなく、
そのなかに「いったい、何が潜んでいるのか」を考える。

 「間(ま)」を通して、異なるものが出会い、新しい問いが生まれる。
ここに、読書や文化、対話が持つ創造的な意味がある。

 ちょうど、そのような「ノイズ」を私は先日、「まるまる三日の信州旅」で経験してきましたので、下記を参考にご覧ください。

https://note.com/noble_deer8902/n/n62c286bf9176

③ 才能――内側の可能性を、新しい価値に変える(第340夜、第388夜)
 才能とは、単に自分が持っている能力を発揮することではありません。
 私は、人間の「才」、すなわち技術や営みを通して、対象が持つ「能」、すなわち潜在的な力を引き出すことに、「才能の本質」があると考えています。

・本を読んで得た知識。
・対話のなかで生まれた気づき。
・仕事とは関係のない経験。
・心を動かされた出来事。
 それらを、これまでの仕事や社会の常識とは異なる視点で結びつける。
すると、今まで気づかなかった問題が見えたり、新しい仕事の意味が生まれたりしたことを何度も経験してきました。(第389夜詳細)

 つまり、読書や文化や異なる世界に触れることは、仕事から離れた時間であると同時に、未来の価値を生み出す可能性を育てる時間でもあるのです。

5.上記「モモ」「働いていると~」「顕密思考」の共通点

それでは、3つの共通点を「5つの視点」から抽出してみます。

 この3つに共通するのは、単なる「時間管理の改善」ではありません。
効率や成果だけでは測れない、
『人間の内側にある価値を、どう守り、育て、社会のなかで生かすか』
 ここが3つをつなぐ中心軸です。

 特に注目したいのは、「余白」は何も生み出していない時間ではないということです。
・本を読む。
・誰かの話をじっくり聴く。
・散歩をする。
・寄り道をする。
・ふと立ち止まる。

 こうした時間には、すぐには成果として現れない気づきや、異なる知識の結びつきが潜んでいます。

 『顕密思考の観点』からいえば、これらは「密」にあるものが立ち現れ、新しい問いや価値へと育っていくための時間です。

 つまり、余白は労働の残りではなく、
「人間が新しい価値を生み出すための源泉」
と把え直せるのではないでしょうか。

6.では、どのような働き方を目指すのか

 三宅香帆さんの問題提起は、「労働と読書を両立できる社会への問い」につながっていました。

 上記の「顕密思考」を重ねることで、さらに一歩先へ進めるのではないかと思っています。

 それは、労働と文化を「両立させる」というだけでなく、文化や人間の内側にあるものが、働くことの意味そのものを変えていく社会です。

 ここで重要なのは、「個人の心がけ」だけに問題を帰さないことです。
仕事に追われて読書ができない人に「時間をうまく使いましょう」と助言するだけでは、構造的な問題は解決しません。

「半身(はんみ)で働く」から「別様・別流の働き方」へ

 ここまで考えてくると、三宅香帆さんの「半身で働こう」という提案が、さらに深い意味を持って見えてきます。

 半身で働くとは、単に仕事への力の入れ方を半分にすることではないでしょう。
・仕事だけに自分の全身全霊を占有させず、
「仕事以外の世界にも、自分の心と時間を開いておく」こと。
・その『余白』を通して、自分の意志や意欲を育て、異なるものと出会い、新しい可能性を見つけていくこと。
・そして、その可能性を仕事や社会に生かしていくこと。

 これが、私の考える「半身で働く」ことの創造的な意味です。
ただし、個人が意識を変えるだけでは不十分です。

・仕事以外の時間を大切にできる労働環境。
・読書や文化、対話、寄り道、ノイズを尊重する組織。
・効率化によって生まれた余白を、さらに仕事で埋め尽くさない仕組み。
そうした社会の側の変化も欠かせない。
・個人の意志と、社会の仕組みを一緒に変えていく。
・そこから、仕事と人生を対立させるのではなく、人間の内側にある可能性が仕事や社会の新しい価値につながる働き方が生まれてくる。

それは、既存の働き方を少し改善するだけではできません。
これまでとは異なる「別様・別流」の働き方を創造することになります。

7.時間を取り戻すことは、人生を取り戻すこと

①『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、「労働と文化を両立できる社会」を問い直しています。
②『モモ』は、「効率化のなかで失われる時間と人生の豊かさ」を描いています。
③そして、『顕密思考』は、「目に見える現実だけにとらわれず、自分の内側にある可能性に気づき、それを新しい価値へとつなぐ道筋」を示しています。

三つを重ねることで、あらためて、私にはひとつの方向が見えてきました。
・時間泥棒に奪われた時間を取り戻すこと。
・それは、単に自由な時間を増やすことではない。
・自分が何を大切にしたいのかを問い直し、自分の人生を自分の意志で生きること。
・そして、自分の内側にある可能性を、仕事や社会の新しい価値へとつなげていくこと。

AIによって、私たちの能力はますます拡張されていく。
だからこそ、これからの時代には、
・何ができるかだけでなく、
・何をしたいのか、
・何を大切にしたいのかという、
・人間の内側にあるものが、ますます重要になる。

① AIにできることが増える時代だからこそ、人間は、自分がどう生きたいのかを問い直す。

・そのための余白を持ち、
・その余白から新しい問いを生み出し、
・これまでとは異なる生き方や働き方を創造していく。

 私は、そのための思考と実践のOSが「顕密思考」なのだ、と確信するようになりました。

② 時間を取り戻すことは、人生を取り戻すこと。
③ そして、人生を取り戻すことから、新しい価値創造が始まるのではないでしょうか。

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